第6章 安土城の夏の過ごし方
「いいですか? 信長様。 せーの、って言ったらですよ。」
『あぁ、わかっておる。』
二人は天守を降りてすぐの中庭に立っていた。
信長の片手には並々に水が入った桶。
足元にも何杯もの水桶が並んでいる。
二人が着ているのは、城主とその許嫁には不釣り合いのあさひが仕立てた色違いの揃いの甚平。
視線を合わせ二人は悪戯顔で微笑みあった。
※※※※※※
ことの発端は、この暑さ。
安土に来て二回目の初夏。
クーラーや扇風機、文明の力で暑さを乗り越えていたあさひは、すでに扇子しか手元にない状態で、どうやって夏を乗り越えていくか悩んでいた。
涼しいのは明け方くらいで、日が出ると次第に暑くなる。汗ばむ体とまとわりつく着物の鬱陶しさは、信長をも悩ませていた。
『…暑い。なんとかならんのか。』
『そう言われましても…。夏は暑いものです。』
軍議の終わりに信長は、秀吉に無理難題を言い眉間に皺を寄せる。
『怪談話でもして、肝を冷やしますか?』
「か、怪談話?」
末席で軍議に参加するあさひが驚いて声をあげた。
『おや、あさひは怪談話は苦手か?』
「…あまり得意ではないです。夜に思い出して寝れなくなっちゃうから。」
『ふっ、貴様はやはり小娘だな。』
「もう、光秀さん!」
『光秀、誰にだって苦手なものもあるだろう!あさひ、気にするなよ。』
『心頭滅却すれば火もまた涼し、とはありますが…』
『三成、暑いものは暑い。』
『はぁ、どうすればいいでしょうか…。』
広間にいた五人は扇子を出し仰ぎ始めた。
『あさひ!』
扇子をぽんと膝に当て、信長はニヤリと笑ってあさひを呼ぶとこう言った。
『貴様の世の夏の過ごし方をしたい。』
※
(はぁ、500年後の世の夏の過ごし方って言ってもなぁ。クーラーも扇風機もないし。
あとは、屋外だと海水浴とかプール…? そんなのないし。服装だって、浴衣くらいしかないしね。
はぁ。考えるだけで暑くなる。
…城下でも行って、何か見てようかな。)
あさひは自室に向かい外出の仕度を始めた。