第3章 戦場の向日葵 ー中編ー
数刻経って、空が夕闇に染まった頃、三成だけが戻ってきた。
馬の足は泥だらけになっていた。
『国境の橋が落ち、崖崩れも至るところにありました。光秀様が迂回しながら、信長様達の隊を迎えにそのまま行かれました。』
一人また城を空ける。
不安も寂しさも、城の中を嵐のように襲ってくる。
『そうか、三成。疲れただろう。湯浴し休め。』
『はい、ありがとうございます。』
秀吉の言葉にも、少しだけ緊張感が帯びていた。
「はぁ、良かった!」
あさひが明るく声を出す。
秀吉も三成も、周りにいた家臣達も驚くようにあさひの方を見る。
『どう、したんだ?あさひ?』
『あさひ様、良かった、とは?』
「だって、光秀さんならすぐに安全な迂回路を探して、信長様たちを迎えに行ってくれるでしょう?
黙って待ってて、不安になるよりいいはず。
いつみんなが帰ってきてもいいように、準備ができるもん!」
いつになく、明るい向日葵のような笑顔を陽射しが照らす。
(こいつ、強くなったな。)
『あさひの言う通りだな。よい方向に考えよう。いつでも湯浴出来て、着替えて腹が満たされるように準備をせねばな。』
「じゃあ、おにぎり作ろう!」
そう言ってたすき掛けするあさひを、側女中が慌てて止める。
『火傷しては叱られます!』
「じゃあ、汁物作る。」
『また、ですか! あさひ様は姫様なのですよ!』
「別にいいでしょ。やりたいんだから。」
『しかし!』
「じゃあ、一緒にやろう。」
自然と笑い声が沸き上がる。
女中の手を引き、あさひは台所へ向かう。
他の家臣達も、今出来ることを打ち合わせし始める。
(簡単に空気を変えちまった。)
『あさひ様は、凄い方ですね。』
『あぁ。あいつが他の姫と違うのは、あの優しい剣を持っていることだ。』
『そうですね。湯浴びしてきます。』
『あぁ。』
秀吉も、また今出来ることを始めた。