第3章 戦場の向日葵 ー中編ー
『三成、廊下は走らない。』
『でも、早く教えて差し上げたいのです。』
『わかるがな。きっと、喜ぶな。』
『えぇ!』
今朝早くに、戦場から早馬が来た。
ようやく戦が収束し二日後に帰還が決まったとの知らせだった。
収束には、予定より二日遅かった。
しかし、あさひはとても気丈に振る舞い、笑顔を絶やさずに過ごしていた。
…というよりは、そう過ごすことを自分に課しているようだった。
『あさひ様、いらっしゃいますか?』
『あさひ? 入るぞ?』
襖を開けると、朝の涼しい少し湿り気を含んだ風が勢いよく吹き込んできた。
襖がばたばた揺れる。
その音の隙間に、あさひの少し切なげな歌声が聞こえた。
声のする方に二人があるく。
そこは、天守の板張りで、あさひはそこにたたずんでいた。
艶やかな髪を風になびかせ、信長の夜着を打ち掛けのように羽織っている。時折吹く強い風で夜着がひるがえる。
二人は、その妖艶な姿に息を飲んだ。
『あさひ様。』
『あさひ。』
「あ、え、三成君!秀吉さん!」
『御館様の夜着を着て寝てるのか?』
「あ、いや、これは…。信長様やみんなには内緒にして?」
恥ずかしそうにうつむいてから、上目遣いに秀吉を見上げた。
(なんだ、こいつ。こんな顔するのか?)
『あさひ様、では、私達三人の秘密、ですね。』
「うん。ところで、どうしたの?」
『あ、あぁ。早馬が来たんだ。二日後に帰還が決まった。帰って来るぞ。』
「え、本当に?」
『あぁ。頑張ったな。まぁ、あと二日だけどな。』
「帰って…くる。」
あさひは、崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
『あさひ様?』
「良かっ…」
あさひは、震えるように静かに泣いていた。
その姿を見るだけで、毎日耐えていたことが手に取るようにわかった。
秀吉があさひの頭を撫でる。
「…泣いたら、信長様にも、政宗や家康にも叱られちゃう。」
『大丈夫ですよ。あさひ様が頑張っていらしたこと、私達がわかっていますから。』
『あぁ、自信もて。』
二人の言葉に、あさひは微笑んで頷いた。