第18章 梅薫る、春恋の風
『竹千代、飲め。』
「家康、ありがとう。」
意味深な二人の目配せが心底鬱陶しい。
でも、断れないから酒を頂けば、いつもより強い酒だったのか酔いが回ってきた。
『風に当たってきます。』
『好きにしろ。』
信長様の許可を得て広間を出ると、先程迄が嘘のような静けさとひんやりとした夜風が気持ちがいい。
夜空に浮かぶ朧月を見上げて深呼吸をした。
明日の診察にも、あの子はいるのだろうか。
…いるよな、当然。
何を話そうか。
そんなことを考える自分に驚きながら、次第に冷えていく体温で心身を落ち着かせてみる。
俺は静かに広間の喧騒から逃れるのだった。
※
翌日、朝餉の席で軍議で奏信様の体調の報告を、と秀吉さんから言われたのもあって、奏信様の部屋に向かう。
軍議まで一刻くらい余裕があったから、早めに診察が終わったら持ち込んだ政務をしようか、と頭のなかで【今日】を組み立てていく。
すると、奏信様の部屋の側であさひの声が聞こえた。
「えぇっ!そうなの?湖都ちゃん!」
『あさひ様、声を押さえてくださいまし。』
注意するのは咲だろうか。…うん、そうなんたけどさ。
でもあさひは、そのまま気持ちが表に出るからあさひなんだよ。何て思いながらゆっくり近づくと、またあさひが話し始めた。
「だって、湖都ちゃん、梅大祭の城下の賑わいを知らないし行ったこともないって言うから…。びっくりしちゃって。ごめんね、湖都ちゃん。」
『いえ、お気になさらないでください。私は手稼ぎの父母の代わりに弟や妹の世話をするのが仕事でしたから。それに、実家も城下とはいえ市から離れておりましたし。』
「そうなんだ。みんな知ってるものだとばかり…。」
『ですから、あさひ様のお話を聞くだけで、とても嬉しいんです。無縁だった華やかな世を少しでも感じられますから。』
「じゃあ、湖都ちゃんも絶対梅飾りつけようね!」
『はい。』
あさひと湖都の会話に出てきた梅飾りは、梅大祭当日に城勤めの女達が皆でつける髪飾りらしい。色々な端切れで仕立てるから皆少しずつ違う、とあさひは言っていて、針子達があさひに指南を受けて仕立てているとか言っていた。