第18章 梅薫る、春恋の風
『この様な美しい貝に入った薬を初めて見ましたので…。しかも徳川様からの褒美など、私の様な者には畏れ多い…』
『あんた、奏信様の世話役なんだから…』
『いえ、たまたま咲様と豊臣様の目に止まっただけですから。私のような身分の者が、お城で働かせていただくだけで幸せなことなんです。』
そう言って湖都は、俺が塗った手のひらを胸に当てた。
せっかくだから受け取ればいいのに。
『じゃあ、要らない?』
意地の悪い言葉が口を付く。湖都は、嫌だから受け取ろうとしない訳じゃないことくらいわかっているのに。
俺は、素直に頭を撫でて優しくなんて出来ないんだ。
天の邪鬼だから。
『えっ。』
ようやく、湖都が俺を見た。そして、すぐに目を剃らした。
頬がほんのり紅いのは、夕日が射しているからだろう。
髪が一房、ほどけるように落ちた。
『…嘘。ほら。』
俺は、何となくだけど恥ずかしそうな湖都の姿が可愛く見えて、軟膏の入った貝殻を握らせてから、ほどけた髪を耳にかけた。
『…っ。』
『…あっ。』
湖都と同時に眼があって、居ずらくなった俺は姿勢を正した。
『朝晩、ちゃんと塗りなよ。明日診察に来るから、また色々今晩の様子とか教えて。』
『は、はい。ありがとうございます。』
『うん。』
さて、と部屋を出るために立ち上がろうと向き直ると、万勉の笑みをしたあさひと眼が合った。
忘れてた、一緒に居たんだった。
『…じゃあ、あさひ。宴で。』
「あ、うん!」
はぁっ、と息を整えて立ち上がる。
ちらりと湖都が見えた。丁寧に礼をしているけれど、手の中にはまだ貝殻があるようで。
俺はゆっくり襖に手を掛けて部屋を出た。
もう陽が暮れていて、あの時、湖都の頬がほんのり紅いのは夕陽のせいじゃなかったのだと気付いたけれど。
でも、俺の胸の中はまだ夕陽の暖かさが残っているようだった。
※
そのあと開かれた宴は、何時ものように面倒で。
いや、いつもの数倍か。
秀吉さんと政宗さんが、軟膏の行方やら優しく出来たか、しつこく絡んでくるし。光秀さんは何時にも増して微笑み掛けてくるし。
怪我をしたのかと突拍子のない無用な心配をしてくる馬鹿なやつもいるし。
『何があった?』とあの人はあさひに聞いて、あさひも隠さないで話すから上座に呼び出されるし。