第18章 梅薫る、春恋の風
『そう。…わかりました。まず、診察してきます。』
『あぁ、頼む。』
俺は信長様に一礼をして、土産をあさひに渡すと天守を出て奏信様の部屋へ向かった。
※
『奏様、白湯を御飲みになりましょう。汗をかいておられます故、お召し物も変えなければ。』
奏信様の部屋に近付くと、女の声がした。
咲か?…いや、咲も梅大祭にむけ、女中の仕切りをしていたな。
じゃあ、湖都か。
『…入るよ。』
『はっ、はい!い、家康様!』
『あぁ。…奏信様の診察に来た。』
『そうでしたか。では、私は…』
『え、どこ行くのさ?』
『あっ、水桶を変えてきます。』
『いや、ちょっとそのままいてくれない?
あさひから、奏信様に一番付いているのはあんただって聞いた。奏信様の様子が聞きたい。』
『私で、…宜しいのでしょうか?』
『は? あさひも咲も梅大祭に掛かりっきりで、あんたが世話してるって聞いたけど。』
『…は、はい。』
『まず、診察するから、あんたは座ってて。』
そういうと、湖都は一礼して隅に座った。
顔色。
爪の色。
手足の温かさ。
喉の赤みや腫れ。
胸の音と息遣い。
腹の張り、腹の動く音。
『咳、してるって聞いたけど。』
『は、はい。』
『…してるの?』
『え、あっ。頻繁ではありません。喉が御辛いのか咳払いをするような感じです。』
『白湯は飲めてるの?』
『ほんの一口。お口に溜め込まれて飲み込むまでに時が掛かる場合があります。』
『薬は?何飲んでる?』
『あ、こちらです。』
そう言うと、胸元から小さな薬包を出した。
…へぇ。ちゃんとしてる。
『最後はいつ飲んだ? 昼餉の後?』
『はい、でも出してしまいましたので…』
『そう。これ借りてく。あんた、何で薬包を胸元に入れてたの?』
『あ、すみません。』
『いや、何で?』
『御世継様のお薬ですから、おいそれと置いてはおけませんし。
咲様やあさひ様もお忙しい様でしたので、私が持っておりました。…申し訳、ありません。』
『…いや、謝ることはない。懸命な判断だ。試すようで悪かった。』
『あ、いえ…』
安心したのか少し口元を弛ませた湖都は、俺に小さく頭を下げた。