第18章 梅薫る、春恋の風
【奏信が風邪をこじらせたようで、熱が下がりきらない。薬も飲もうとしない。梅大祭が近い故、治療を貴様に任せたい。登城を命ず。】
…そんな簡潔明瞭で有無を言わせない文が安土から届いたのは二日前。
奏信様の百日を祝って城内が落ち着いたのをきっかけに、俺も政宗さんも国に一旦戻っていた。
全く…、城の医者は何をやってるんだか。
正直、俺も暇じゃない。安土に留まっていた為に溜まった政務で、毎日夜更けまでかかるのに。
でも、命令だから仕方ない。
梅大祭にも呼ばれてたな。
面倒事が終わったら、直ぐに国に戻るために、有りとあらゆる薬草を準備して近しい家臣と共に馬を走らせた。
※
【梅大祭】
季節の始まりに先だって咲く梅を見ながら、歌を読んで茶会のようなことをする祭り。
今年は、あさひも表立って出るらしい。
俺を含めた信長様に近しい者達の着物や羽織の準備を引き受けているとか。
政宗さんは、多分料理の取り仕切りか。
あの人は、政宗さんを織田軍のなんだと思ってるんだろうか。
そんなことを思いながら安土に入れば、相変わらず人が多くてうんざりした。
花屋はともかく、菓子屋も小物屋も、梅を扱った品で呼び込んでいる。
『城下の菓子屋が揃って梅にちなんだ自慢の菓子を献上するんです。品評会で一等になれば、今年一年縁起がいいって、みんな気合いをいれてるんでさぁ。』
あさひの土産にと寄った馴染みの甘味屋の主人が話している。新しもの好きのあの人が、また何か始めたみたいだ。
品評会の一員にならなきゃいい。…そう思った。
花屋では梅の枝がわんさか売られている。
『意中の相手に梅の枝を送れば恋仲になれるよ!一年の始まりに先だって咲く梅だ。縁起がいいに決まってる。』
…うんさんくさい。
本当にそうなら、世の中苦労しないだろうに。
俺は足早に喧騒から逃れようと城を目指した。
※
『大義であった。家康、奏信を頼む。』
「忙しいのにごめんね、家康。ありがとう。」
『いえ。して、奏信様は?』
「まだ熱が下がらなくて。咳もまだ出てる。ご飯もあまり食べたがらないし。」
『薬は?』
「お医者様が調合してくださるんだけど、全部出しちゃうの。」