第2章 戦場の向日葵 ー前編ー
その日の夕げも、あさひ一人だった。
(待ってるって言ったし。)
あさひは夜風に当たろうと天守の板張りに進む。
欄干に手をかけ、夜空を見上げた。
雲ひとつ無く、月と星が瞬く。
夜風が髪を揺らして、あさひは目を閉じた。
『あさひ。』
愛しい声が聞こえる。
ゆっくりと振り向くと、腕を組んだ信長が立っていた。
「お帰りなさい。」
『あぁ。』
「夕げは召し上がりましたか?」
『会議の合間に食べた。』
「じゃあ、明日のために、早く寝ないと。」
『あさひ。』
信長があさひに向かって、両手を広げる。
ほら、来い。と紅の瞳が呼んでいる。
「ふっ、もぉ…」
あさひは、潤んだ瞳を手で拭い、信長の腕の中に飛び込んだ。
『愛している』
「…はい。」
『戦から戻れば本格的に祝言の準備だ。』
「そうですね。」
『今宵は貴様の全てで、俺を満たせ。』
「…はい。」
信長は、あさひの顎をくいっと持ち上げ、優しく口付ける。
一度離して鼻先が触れあう距離で見つめ合う。
あさひの、ふわっとした笑顔を合図にまた口付ける。
それは深くて甘くて、息をするのを忘れるほどに。
体の熱が信長に取られていくように。
けれど、信長に与えたいと熱は、どんどんと溢れ出す。
いつの間にか、あさひは褥に移されて、身体中で信長を受け入れていた。
※※※※※
朝陽が天守を照らす。
いつもより早く目覚めたあさひは、信長の頬に口付ける。
『起きたのか?』
「はい。おはようございます。」
『まだ、早い。』
「今日は、一緒に準備するんでしょう?」
『そうだが…、まだ貴様のぬくもりに包まれていたい。』
信長は、あさひを抱く腕に力を込めた。
そうして少し経った頃。
『信長様、起きておられますか?』
『ちっ、秀吉か。』
『ご準備のお時間ですが。』
『わかっておる。広間で待っていろ。』
『はっ。』
『あさひ、広間に行くぞ。』
信長は、夜着を整えあさひに手を差しのべる。
あさひはそっと手を取り立ち上がった。