第16章 唐物の赤い壺の秘密 前編
「ふふふっ。」
いつもと変わらない掛け合いを見ていると笑いが込み上げてくる。
『どうした?あさひ』
「いえ、いつもと変わらない幸せを感じたので。」
『…そうか。』
信長様は、私の髪を一房すくうと口元へ持っていく。
『天守に戻る。各々、皆好きにしろ。』
『はっ。』
そういうと、信長様は軽々と私を横抱きにして歩き出した。
「おやすみなさい。」
『あぁ。おやすみ、あさひ』
『おやすみなさいませ。』
『ごゆるりと、な。』
三人三様に見送られ、天守に向かう。
月はもうすぐ満ちるようで、夜空にぽっかりと浮いている。
月明かりと蝋燭の灯だけなのに、そこは現代よりも明るく感じるのは、隣に信長様がいるからかもしれない。
私は今宵もまた深い深い熱にとけていくのだった。
壺の事なんて忘れてしまうくらいに。
※※※
翌日、何時ものように信長様と朝を迎えて、朝餉の後、政務に向かうのを見送る。
ただ、いつもと違うのは、ある約束をしていることだった。
『政務に向かって一刻したら、城門で待っていろ。』
まだ褥で抱かれように微睡んでいた時にささやかれた秘密。
信長様は、本当に私の護衛をするようだった。
一瞬、昨日の秀吉さんの言葉がよぎったけれど、私にとっては久しぶりの逢瀬だったし、見送ったあとの準備に心が踊るようだった。
※
『待たせたな。』
「いえ、今来たので。って、なんだか待ち合わせもいいですね。デートみたい!」
『…先の世の逢瀬か。』
「はい、信長様と久しぶりの逢瀬だからおめかししました。」
新しい小袖にお気に入りの羽織り。それに合う帯、髪飾り。
くるりと回って見せると、信長様が優しく手を取った。
『よく似合っている。俺以外見せたくないな。帰るか。』
「えっ、」
『冗談だ。うるさい秀吉が気付く前に行くぞ。』
「はい!…ってやっぱり秀吉さんは知らないんですかぁ?」
『光秀は知っているだろうがな。』
珍しく楽しそうな信長様の姿が嬉しくて、私も笑ってしまい、そして手を繋ぎ歩き出した。