第16章 唐物の赤い壺の秘密 前編
小物屋を見て綺麗な透かし彫りの櫛を買ってもらう。
反物を見て、次の季節に合う羽織をしたてる約束をする。
金平糖とべっこう飴を買って一緒に食べる。
賑やかな城下を信長様は、私と一緒なのに見回ることも忘れてはいなかった。
茶屋で頼んで一息付いていると、急に騒がしくなった。
『…来たか。』
「え、…まさか!」
『おーやぁ、かたさまぁ!あさひっ!』
秀吉さんの声が逢瀬の終わりを告げる。
はぁ、また怒られる…、そう思っていると直ぐに秀吉さんは目の前に現れた。
『ごっ、護衛もつけずに!何かあっては困ります!』
『なにもない。』
「もう、帰るよ。ねっ、信長様!」
『はぁ。廁と仰られたので、書簡や報告書を整理して御待ちしておりましたが、戻ってこられず…。逢瀬なら逢瀬と仰ってください!』
『では、次は言えばよいのだな。』
『私もお供致します。』
『それでは、意味がなかろうが。』
「あ、ほら、皆さんびっくりしてるから。帰りましょう。」
安土城主と右腕の言い争いは、かなり目立つ。
私は急いで残りのお団子を食べお茶を飲むと、信長様の手を引いた。
『何を買ったんだ?』
「え、櫛を買ってもらったよ?透かし彫りで綺麗なんだ。」
『そうか、良かったな。それだけか?』
「え、あとは次の季節に合う羽織りの反物を決めて…」
ふっと、信長様を見上げると、その瞳が【言うなよ】と告げている。
「それだけだよ。茶屋で休憩してたの。」
『そうか。それならいいんだ。』
信長様の握った手が、ぎゅっとなった。合図みたいで、私も握り返す。それだけで、幸せが溢れるみたいだったのに。
『…ん?なんだ?三成?』
城門がようやく見えるようになった頃、慌ただしく走り寄る姿が見えた。
『信長様、秀吉様!あさひ様!良かった、ご一緒でしたか。』
『どうした、俺が城を出た時は何も無かった筈だが?』
『はい、秀吉様が信長様を探されに出かけられてから、女中から、姫様の部屋が荒らされている、と知らせが入りまして!』
「えっ!嘘っ!」
『ですから、あさひ様に何かあったかと…』
『…秀吉。戻るぞ。』
『はっ。』
「…なんで?」
先ほどまでの手の繋ぐ力強さが、幸せから不安に変わる。
私たちは足早に城へ戻ったのだった。
【後編へつづく】