第16章 唐物の赤い壺の秘密 前編
『途中で仲間にこの酒と謙信様宛の文を預けるよ。この壺の方が興味が湧いたからね。』
「え、…割れてるのに?」
『あぁ。とても興味深い。』
滅多に感情を出さない佐助くんの口角が少しだけ上がっている。
きっと、綺麗に直す方法を思い付いたのかもしれない。
『ところで、あさひさん。この壺の事、誰かに話した?』
「え、怖くて話してないよ!部屋に戻って少しだけ考えてから、佐助くんを探しに出たから誰にも会ってない…かな。」
『そう。そうなんだ。…まぁ、護衛の忍びは付いてるけどね。』
「え、?」
『あ、いや。信長公の御正室になる姫君なんだから、一人のようで一人じゃないってことさ。
…もうじき、日が暮れる。お城にお送りしましょう、プリンセス。』
「だっ、大丈夫だよ。まだ明るいよ?城下を見ながら帰るよ。」
『いや、最近は少しだけ世の中が慌ただしいからね。送っていくよ。』
「世の中が慌ただしい?…戦とか?」
『そこまでの物じゃないけどね。さぁ。』
佐助くんが、隙の無い動きでエスコートする。
出してくれた手を取って立ち上がると、佐助くんが城下の道沿いを一瞬見つめてから、私の方を向いた。
『お迎えだ。』
「えっ。」
佐助くんの目線の先を見ると、夕陽の光できらきらと輝く銀髪が見えた。
光秀さん!…いつ帰ってきたんですか?」
『…御館様の御正室が、城下を一人で出歩いていると報告があってな。仕事を早めに終わらせて帰って来たんだ。』
「えっ。そんなぁ!」
『ほら、ね。一人じゃないでしょ?』
「あ…。」
『さあ、帰るぞ。兄様が鬼になる前に。…佐助。世話になった。次は城に立ち寄れ。』
『いえ、俺はなにも。…じゃあ、あさひさん。明後日の昼に。』
「あ、え。うん、待ってる。」
『なんだ、御館様に隠れて逢瀬か?』
「ちっ、ちがっ!」
『明後日の昼にお部屋でお茶をしようと話してただけです。越後の菓子を味見していただきたくて。』
『では、城門から入ってこいよ?…最近は【少しだけ世の中が慌ただしい】ようだからな。』
『…えぇ。では、そのように。』
「ねぇ、光秀さん。少しだけ世の中が慌ただしい、ってどういうこと?」
私の疑問に、光秀さんの口元が弧を描いた。