第16章 唐物の赤い壺の秘密 前編
深々と頭を下げる酒屋のご主人に一礼して、私は佐助くんと近くの茶屋の長椅子に腰かけた。
「重くないの?背中に背負って。」
手元にあった一升瓶を器用に風呂敷に包むと、背中に斜めがけする。
『この方が案外楽なんだよ。ほら、手も自由だし。』
両手をひらひらとかざす姿が、なんとも戦国の世に似つかわない。
『…なんか、あった?』
「あ、えっと。…探してたの。佐助くんを。」
『えっ、それは光栄だな。会えて良かった。』
「見つからないから狼煙を上げようかって思って、帰る途中だったんだ。そしたら、偶然…。」
『そうだったんだ。うん。偶然、かな。酒屋の後は特に用事もなかったし、謙信様が酒のストックを飲みきるまでには帰らなきゃならなかったからね。』
「ふふっ。横文字、…懐かしい。」
『時々使うんだ、忘れないために。…ところで、なにか御用でしたか?…プリンセス?』
呼ばれ慣れいるフレーズが、現代語に変わるだけで、こんなにも恥ずかしいなんて。
ほんのり赤らんだ顔を手で少し仰いでから、そっと風呂敷を佐助くんに手渡した。
『?』
「…見て。」
『えっ、あぁ。…あ。やっちゃったね。』
「運んでた女中さんとぶつかっちゃって、その拍子に。」
佐助くんに一部始終を話していく。
『それにしても、かなりの代物だね。』
割れた壺を回しながら、佐助くんはため息混じりに言った。
「うん、天守にあったやつ。宝物庫に移動させようとしてたみたい。割れちゃって、女中さんが焦ってて。なんとかしてあげたくて。」
『そっか…、確かに焦るよね。』
「…なんとか直せないかな?」
米粒で付かないか本当に悩んだことを、笑いながら話すと、佐助くんは吹き出しながら答えた。
『米粒は、流石に無理だ。…うーん。ん?』
まじまじと割れ口を見ながら壺を触る佐助くんの指の動きが止まる。
「どうか、…した?」
『…あ、いや。この壺、ちょっと預かってもいいかな?そうだな、明後日の昼まで。直せるかどうか持ち帰って調べてみたいんだ。』
「あ、うん!いいの?」
『あぁ。明後日の昼にお部屋に届けにうかがうよ。』
「仕事とか大丈夫?…お酒も。越後に戻ってからなら明後日の昼になんて間に合わないでしょ?」