第15章 魔王様の徒然なる育児日記
『奏、薄皮饅頭を食うか?』
信長は、視線の先にあさひが贔屓にしている甘味処をとらえた。
『邪魔するぞ。』
『のっ、信長様!』
突然現れた、安土城城主とその若君。
店主は慌てて膝まづこうとしたが、信長はそれを手で抑えながは話し始めた。
『こやつでも食えるような団子や饅頭はあるか?』
『わっ、若様ですか?…薄皮の小さな饅頭なら、ごっ、ございます。』
『1つ貰う。』
『はっ、はい!』
バタバタと準備を始めた店主を背にして、信長は長椅子に座り奏信をとなりに下ろした。いつの間にか風車を吹いた息で回すようになった奏信を、優しく見つめ、頭を撫でた。
『このように、子を愛でる日が来るとはな…。』
信長の小さな呟きは、爽やかな夕暮れを連れてくる風にかき消される。
『お待たせ致しました。』
店主が盆にのせた茶と小さな饅頭を持ってきた。
『奏、饅頭だ。』
小振りとはいえ奏信の握り拳大の饅頭を、奏信に手渡す。
奏信は、目を丸くして信長を見上げた。
『いいぞ、食え。…っ!ちょっと、待て!』
握り拳大の饅頭を口に丸ごと入れようとしている奏信を見て、信長は慌てて取り上げた。
『死ぬぞ、貴様。…父が小さくしてやる。』
『あぁーあ!ちーうえ!』
『なんだ。小さくしてやるだけだ。俺は食わぬ。ほら。』
四分の一に割って、奏信に手渡すと、奏信は急いで口に押し込んだ。
『…食わぬと言ったであろうに。詰まらせるぞ。』
ごくっ。
小さな饅頭を飲み込んだ奏信は、また信長を見上げた。
『また食うか。』
小さくした饅頭を手渡すと、信長は茶をすする。
目の前に広がる城下町。目線をあげれば、そびえ立つ安土城。
ゆっくりと流れる時に、自然と身を任せてしまう。
『 ー…うえっ。ちーうえ!』
『あ、あぁ。食ったか?これで最後だな。』
残りの饅頭を奏信の手に渡す。飲み込むまで見守ると、冷めた茶の入った湯呑みを奏信に持たせた。
『飲め、喉が乾いたであろう?』
湯呑みに手を添え支えてやる信長の姿を、遠巻きに見守る店主や町人達。誰もが天下統一の縮図を見ているように感じていた。
『…よしっ。奏、行くぞ!』
『あいっ!』
信長は、店主に声をかけると、奏信を肩に担ぎ歩き始めた。
最終目的地の菓子屋に向かって。