第15章 魔王様の徒然なる育児日記
『奏、口をすすがねばな。』
信長は、手拭いで奏信の口を拭うと井戸へ向かった。
柄杓に口を近づけさせる。
『奏、飲み込んではならぬ。…ぺっ、しろ。』
奏信は、信長の言う通りに水を含み吐き出した。
『よし。奏、腹が減ったなら、菓子を買いに行くか?あさひにも会えるであろう。』
『かーたま?』
『そうだ。母様を迎えに行くぞ?』
信長は、奏信を肩に担ぐと城門へ向かった。
※※※
肩車のように奏信を抱く信長の姿は、城下ではかなり目立つ。
しかし、大騒ぎになることはなかった。
城主とその若君のほのぼのとした姿を、町人たちは微笑ましく見守っていたのだった。
『奏、何が食べたい?』
『おあんご。』
『…。だんご、か。』
喉に詰まらせるのではないかと、考える。
大福を小さくちぎろうか…、などと考えながら歩いていると、奏信が信長の額をぺしっと叩き始めた。
『なんだ、やめろ。どうした?』
『ちーうえ。くるくる。』
『…は?』
『くるくる、いーねぇ。』
くるくる?
何を言っているのかと考えながら周りを見渡すと、小物屋の店わきに並ぶ風車が見えた。
『…風車か。』
『かーま?』
『おい、ひとつ寄越せ。』
『うぇっ、信長様!』
『風車をひとつ。』
『はっ、はい!』
店主は慌てながらも、風車をひとつ信長に手渡した。
『代は、これでいいか?』
『こっ、こんな!多すぎます!』
店主の手のひらには、風車五つ分ほどの銭がのっていた。
『取っておけ。店先、借りるぞ。』
『あ、ありがとうございます!』
深々と頭を下げる店主を横目に、信長は奏信を下ろすと風車を手渡した。
『…息を吹けば回るぞ?』
信長に風車を手渡された奏信は、じっと風車を見つめている。
『…奏。ふぅ、だ。』
信長がふぅっと息を吹けば、風車がカタカタと周りだした。
『わぁ!』
キラキラと目を輝かせて、奏信は嬉しそうに風車を見つめている。すると、さわさわと風が吹き込んできた。
カタカタ、くるくる。
『ちーうえ。くるくる!』
『あぁ。良かったな。さ、行くぞ。』
風車を持つ奏信を、また肩車の様に抱き抱えると信長は歩き出した。