第15章 魔王様の徒然なる育児日記
『では、俺は…』
秀吉に向かい合うように文机を並べ座っていた光秀が立ち上がった。
『おーまーえ。また、どっかほっつき歩くのか?』
『信長様に報告する斥候からの情報を確認するだけだが、お前は俺にも世話を焼くようになったのか?』
『お前がうろちょろするからだろがっ!』
『そうだったか?』
秀吉と光秀が下らない言い争いをしているのを横目に、信長は広間を出た。橙色の陽の光が広間に続く廊下を照らす。夕暮れを連れてくる爽やかな風が信長の頬を撫でる。
(奏信は、まだ寝てるのか?)
厠ではなく、厨に金平糖を探りに行こうとしていた信長は、目的地を奏信のいる部屋に変え、歩き出した。
すると、広間から出てきた光秀と鉢合わせる。
『奏様のお部屋、ですか?』
『…あぁ。貴様には隠し事は出来んな。』
『熱心な忠臣が、長い厠だと騒ぎだしますぞ?』
『ふっ、その前に城を出ればいい話だ。』
『あさひには、我が配下を付かせております故、すぐにわかるでしょう。』
『俺には付けぬのか?』
『御望みとあれば。』
『…好きにいたせ。』
『御意に。』
秀吉に悟られないよう気配を消して、奏信が寝ているだろう部屋へ足早に信長は歩き始める。
第六天魔王と恐れられる信長が側近にのみ見せる父親としての背中を、光秀は暖かな眼差しで見送っていた。
※※※
(泣き声は聞こえぬな。まだ寝ているのか?)
信長は、奏信のいる部屋の襖をゆっくりと開けた。
『…っ。そう。』
寝ていたであろう布団から抜け出し、床の間に飾ってある花を口の中に入れようとしていた。
『奏。それは食えぬ。腹が減ったか? 輝真は…』
信長が周りを見渡すと、刀を抱え部屋の柱にもたれ掛かりながら寝息をたてる輝真の姿があった。
『奏信に釣られたか。…刀を抱えていても、これでは意味がないではないか。』
『ちーうえ。』
奏信が信長の方に振り返る。
『奏、それは食えぬ。出せ。』
もきゅもきゅと、奏信の口の動きは止まらない。
飲み込んでしまえば一大事だ。
『奏、出さぬか。』
あさひが、以前、奏信が飲み込めなかった肉類を懐紙に吐き出させていた姿を思い出す。
『…ぺっ、しろ。』
信長が口元に懐紙を当てると、奏信はべろりと口の中にあった花を吐き出した。