第15章 魔王様の徒然なる育児日記
『城下か。』
「はい。仕立て上がった着物を届けて参ります。」
広間にて、政務をしていた信長が、あさひを見て応えた。
『弥七と吉之助を必ず付けるんだぞ? あぁ、足りないか。ご生母様だからな。三成、お前も行ってくれるか?』
信長の文机の側で書き上げた書簡を整理していた秀吉が、眉間に皺を寄せる。
『あさひ、奥方でご生母様なんだからな? 城下に行くのは早めに行ってくれ。護衛の調整が…』
『では、私がご一緒いたしましょう。』
三成がすっと立ち上がる。
『…っ。あぁ、でもな。三成じゃなきゃわからない案件もあるんだよな。』
『あぁ、穀高と兵糧の算定でしたか。』
『あぁ。そうなんだ。…、なぁ。もう少し待てないか?』
「大丈夫だよ。秀吉さん。吉之助さんと弥七さん、咲が一緒だし。もう、城門で待ってるから。着物届けるだけだし。ゆっくりしてたら、奏信が起きちゃうからすぐ帰ってくるよ。
…それに、どうせ光秀さんの忍も一緒だろうし。ね、そうでしょ?」
あさひは、ふわりと周りを見渡して声をかけた。
カタン。
どこからか音がした。
『忍に呼び掛けるのは、お前くらいだな。』
「光秀さん!」
『みーつーひーで。どこ行ってた?ったく。』
『城下の見回りだ。不穏な空気は無さそうです。念のため配下を付かせます。』
「あ、あの女の人?」
『ふっ。貴様は忍まで、てなづけおったのか?』
「てなづけるだなんて。ご挨拶しただけです。…信長様。城下いいですか?」
『あぁ。奏が起きる前には戻れ。』
「はい!行ってきます。」
あさひは、にっこりと笑うと自室に戻り準備をして、城下に向かった。
※※※
あさひが城下に向かってから、半刻が過ぎた。
『ふぅ。一段落か?』
愛用の筆を硯に戻し、信長は秀吉に声をかけた。
『本日分の書状は書き終えましたので、次は報告書をご覧いただきたく…』
秀吉は、文机の脇にある漆塗りの箱の中を探り始めた。
『…はぁ。』
信長の小さなため息は、秀吉には届かない。
静かに信長ら立ち上がると、歩き出した。
『おっ、御館様、どちらに?』
『厠だ。…なんだ、付いてくるのか?』
『くくっ。』
『いえっ!では、御戻りになるまでに、目を通していただく書簡や報告書を準備しておきます。』