第15章 魔王様の徒然なる育児日記
織田家嫡男、奏信の一歳の誕生祝いがようやくに終えたばかりの初夏、暖かな昼下がり。
あさひは、広間に面した庭ではなく、城勤めの家臣や女中達が過ごす部屋の方にある庭に奏信を連れていた。
現代で言う高級旅館の日本庭園。
民家が二件ほど建つような広々とした庭に広がる枯山水。
少しだけ小高くなった築山を中心に、四季折々で楽しめる草花や木々が、庭を彩る。
ようやく一、二歩よちよちと歩けるようになった奏信に付き添うのは、一回り体が大きくなった輝真である。
『てる、おなな。』
『奏信様。あやめ、でございます。見てみますか?』
『あまめ?』
輝真に抱きあげられた奏信は、あやめの花に手を伸ばした。
まるで兄弟のような二人の姿に頬を緩ませながらあさひは、ふぁっ、と一つあくびをした。
『お疲れですね。また、夜遅くまで針仕事を?』
後ろに控えていた咲が声をかけた。
「仕立ての納期が今日まででね。仕上げをしてたの。」
振り返ったあさひは、苦笑いをしながら咲に答えた。織田家嫡男の生母となったあさひではあるが、産後張り子としての仕事を少しずつ再開していた。今では、仕立て予約が出来ない程の人気ぶりである。
『ご無理は、お体にさわります。』
「でも、すぐ寝たよ。(信長様と…、した、あとだけど。)
この後、届けに行きたいんだけどなぁ。奏信のお昼寝、そろそろだよね?」
『そうですね。…あらまぁ。』
「えっ?」
あさひが咲の視線の先を振り返る。
すると、輝真の肩にもたれ掛かりながら目を擦り始める奏信の姿があった。
『奏信様、ねんねにしましょうか?』
駆け寄った湖都が声をかけた。
『うん…。』
『あさひ様、ここはお任せくださいませ。輝真殿と私でお昼寝の付き添いを致します。』
「え、いいの? 湖都ちゃん。」
『はい、咲様、宜しいですか?』
『ええ。あさひ様。湖都に任せて城下に向かいましょうか?』
「うん、じゃあ…、輝真くん。宜しくお願いします。」
『はっ。』
「お土産、買ってくるね。あ、一応、信長様に言わなきゃね。」
『では、私は弥七と吉之助を呼んで参ります。城門にてお待ち致しますね。』
「あ、うん。じゃあ、急いで準備するね。」
あさひは、パタパタと広間へ向かった。