第1章 ライオンの王子様
ある日の部活開始前、何やら隣のコートの男子バレー部員たちがそわそわしてる。
「あ、ねぇ山口くん。今日なんかあるの?」
「今日ね、新しいコーチになるかもって人がくるみたいで」
「新しいコーチ!?え、繋にぃオッケーしたの!?」
「え、橘さん知ってる人?」
「うん、私の幼馴染みなんだ。見た目はアレだけどいい人だから!」
たまたまボールを拾いに近くに来ていた山口くんを呼び止めて話を聞いてみれば、今から繋にぃが来るらしい。
武田先生の粘り勝ちなんだろうけど…
昨日までそんな素振り見せなかったじゃん!
何も言ってくれなかったことが腹立たしい。
あーもう!帰りに呼び止めて文句言ってやる!
男子バレー部に集合がかかり、行くねと手を振ってくれた山口くんにありがとうとニコリとして手を振り返す。
うわ、ホントに繋にぃじゃん。
ちょっと待った!嶋田さんにタッキーまで!
うそうそ試合するの!?えー町内会チームに入りたいズルい!!
「ほら、裕香ちゃん練習ー!」
「うぇっ、あ、はい!すみません!」
男子バレー部に夢中になりすぎてて、今部活中なの忘れてた…
嶋田さんも、タッキーこと滝ノ上さんも、小さい頃から繋にぃを通して仲良くしてくれてるお兄さんたち。
私がバレーを始めたのだって、当時の烏野高校バレー部を見たから。
無理言って部活を見学させてもらったり、休憩中にバレーを教えてもらったりしてた。
ポジションはもちろんセッター。
繋にぃと同じが良いっていうことだけで決めたんだけど、誰に打たせるか、どうブロックを欺けるかって考えるのが楽しすぎて今じゃ繋にぃ関係なく大好きなポジション。
チラッと男子バレー部を見れば、久しぶりに見る真剣な繋にぃ。あああ…カッコイイ!やっぱり繋にぃが一番カッコイイのってバレーしてる時だと思うんだよね。
普段も目付き悪いとは思うけど、目の奥が光るって言うの?こう、捕らえられて離せなくなるっていう…
「裕香ちゃん危ないっ!」
「え?…っ!」
名前を呼ばれてハッとして、何とか避けようと思ったけど間に合わなくて頭にボールが直撃。
大丈夫ですすみませんって言いたいのに、だんだん意識が遠のくのがわかる。
視界が真っ暗になる直前、ふわっと香った煙草の匂いと体が浮く感覚に安心感を覚えて私は意識を手放した。