第6章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「中編」
そうして、あの人がいない日々を過ごしていた、ある日。
いつものようにマンションのエレベーターを上がって部屋の前まで来ると、廊下に隣接している部屋の窓から光が漏れているのが見えた。
ただいま、と言いながら玄関のドアを開けてすぐ炭治郎が奥の部屋から出てきて私の元まで駆けてくる。
「おかえり、華」
そして何故か、包み込むように抱き締められた。
突然のこの状況に頭が追いつかない。こんな風に自然に抱きしめられたのはこの時代では初めてだ。
どうして私はいま、炭治郎に抱き締められているの?
すぐに後ろ手にドアを閉めて体を押し返すと、以外にもあっさりと身を引いてくれた。
それでも尚私を見つめている炭治郎の顔を窺うように見上げる。
「たん、じろ……あの、」
「夕飯は何がいい?今日は華の食べたいものを一緒に作ろう。といっても材料は帰りに一通り買ってあるから、それを使って作れるものになってしまうんだが」
「待って、炭治郎、いまなんで、」
「ああ、帰ったらまず手洗いうがいだよな。それに制服のままじゃ落ち着かないか。先に着替えを済ませておいで。リビングで待っているから」
そう言い残して炭治郎は廊下の奥に消える。
言われた通りまずは着替えようと自分の部屋に入って、ドアに背を預けて息を吐いた。
おかしい。何かおかしい。ずっと昔から見慣れている筈の炭治郎の優しい笑顔、なのにどうしてこんなに落ち着かないの。
まるで、あの頃に戻ったような距離感で…。
ざわざわと胸の奥が騒ぐ。なんだかとても良くない感じがする。
霧がかかったみたいにはっきりとしなくて、もやもやして、胃の中がぐっと重くなる。
なんだろう、これは。
着替えも手洗いも全て手早く済ませてリビングに行くと、私に気付いた炭治郎がぱっとにこやかにこちらを振り向いた。
「さあ、夕飯はどうしようか?」
背中に手を添えられて机の前まで誘導されることに、どうして、とはもう思わない事にする。いま背中に感じているこの熱は...きっと違う。違ってほしい。
出来るだけ平静を装って、並べられた食材を見てすぐに思い浮かんだものを口にした。
「鍋、がいい」
「鍋か、いいな。夏とはいえまだ夜は肌寒いからな。牛肉は置いておいて、豚肉を使おう。野菜は沢山あるしな。」