第6章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「中編」
やっと娘になれると思ったのに。
やっと家族になれると信じて疑わなかったのに。
ずっと自分のことばかりで、この人に何も返せなかった。
ひとりの母として娘と触れ合う喜びを十分に持たせてあげられなかった。
あなたは何も悪くないのに。
ごめんなさい。ごめんなさい。
本当にごめんなさい。
「……ないてる、の…?」
「え…」
「はっきり、見えないん…だけど……華が、ないてる気がして……」
痛むだろうに、細い腕を上げて私の頬を伝う涙を拭ってくれる。その指は優しくて、普段よりも少しだけ冷たかった。
「華がないてるところ、はじめてだわ…けがをしても、なかない子だった、から…」
「もっと、あなたの色んな表情を、みせて欲しい…おこった顔も、わらったかおも、ぜんぶ、見たいの、わたしの、大事な…じまんの娘、なんだから………」
「っ、見せる、見せるよ…!だから頑張って!話したいことも、謝りたいことも、たくさんあるの!だから、だから…っ………」
いかないで。
触れる指先がどんどん冷えていく。私じゃ、この人の命が消えていくのを止められない。
「わたし…しあわせ、だわ……炭治郎さんのように、すてきな人と出会えて……華のように、やさしい娘を、さずかって…ふたりのこと、ずっとずっと、大好きよ……」
自分の体のことは自分が一番分かる。
私もそうだった。自分がもうすぐ死ぬ、なんてこと、嫌でも分かってた。
多分この人も分かってるんだろう。
だから幸せだった、なんて過去形で話し出すんだろう。
もう、休ませてあげた方がいいのかな。痛くて苦しくて辛いのは誰だって嫌だよね。この人に死んでほしくはないけど、だからって私にはそれを止める術が無い。
どのくらい見えているか、どのくらい聞こえているのか分からないから、顔を出来るだけ近くに寄せる。この人の顔をこんなに見つめたのは初めてだ。また、後悔が押し寄せてくる。だけどそんなのは全部後回しだ。残された時間が惜しい。
私はこの優しい人に、言わなければいけない言葉がある。これだけはどうしても、伝えなければいけない。
「私を産んでくれて、ありがとう……お母さん」