第6章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「中編」
全身から血の気が引いていく。
膝から崩れ落ちそうになるのをなんとか耐える。じわりと涙が滲み出して、目の前が暗くなる。
聞きたくなかった。心の何処かでまさか、と考えなかった訳ではないけど、現実であってほしくなかった。信じたくなかった。
ひとりの看護師がICUから出てきて医者に耳打ちをした。
そんな行動も全て悪いものに見えてしまう。
また良くないことが起こるんだと思ってしまう。
もう希望も信仰もあったもんじゃない。
「…奥様の意識が戻られました。どうか、お顔を見せてあげてください」
酷い有様だった。手術着の上からでも骨や内臓がぐちゃぐちゃになってしまっているのが分かる。
目を覆いたくなるその様に、あの頃の凄惨な記憶が蘇る。尊い命を無慈悲に奪われ、虐げられ、惨い苦しみに苛まれるあの痛みを思い出す。人が命を落とす所を幾度となく見てきた。だからこそ、理解してしまう。
これは、もう、助からない。
こんなに医療が発展した時代でも助からない命があるのか。
でも目の前の医者も、看護師も、誰もが申し訳なさそうに、悲しそうに、そして何より悔しそうにしていた。
命を救う仕事だ。この人達の気持ちは痛いほど分かる。私だって、鬼から助けてあげられなかった人がどれほどいたことか。どれだけ己の無力さを悔やんだことか。
たくさんの管に繋がれた手を握ると、虚ろに宙を向いていた瞳がこちらを見た。
「華……?」
「…うん」
「ごめ、ねぇ……おまんじゅう、潰れちゃった、かも……」
「いいの、いいの…!そんなの気にしないで…っ」
「たんじろう、さんは……」
「ここに、いるよ」
炭治郎が反対側の手を握ると、ほっと眉が下がった。安心しきった顔をしている。
「あのこは…無事かしら……?」
「ああ、無事だよ。きみにありがとうと伝えてくれと、あの子と、お母さんから伝言を預かってる」
「そう…あの子…小さいころの華に、にてたのよ…」
「私に…?」
「そう…少し、ひょうじょうが薄くて、そっけなさそうで……でも…ははおやのことを、気にかけるような…やさしい、子……」
この人には、私はそんな風に見えていたのか。でもねそれはあなたを好きになれない自分に気付かれたくなくて、あなたの顔色を伺ってたんだよ。その子供とは違うの、違うんだよ。