第6章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「中編」
「華!!」
遠くから炭治郎の声がする。顔を上げると長い廊下の奥からこちらに駆けてくる炭治郎の姿が見えた。
炭治郎はそっと私の隣に座った。走ったことで乱れていた息はもう落ち着いている。
「……事故の様子は聞いたか?」
問われて、首を振った。私がまだ子供だからか、父親がまだ来ていなかったからか、詳しい事は何も教えられなかった。
炭治郎はゆっくり事故当時の様子を教えてくれた。
「赤信号で道に飛び出してしまった子供を庇って、トラックに跳ねられたそうだ。.....さっき下の階にその子供と母親、トラックと後続車の運転手がいたが、ここには来ないでくれと話をしたよ。こちらから後日連絡すると」
「……そう」
「……何か飲み物を買ってくるよ。何が良い?」
「……なんでも、いい」
そうか、と返事をした後、ゆっくりと腰を上げた炭治郎の気配が遠くなっていく。
人の居ない待合所は、まだ明るい時間だと言うのに静まり返っていた。カチ、カチ、と時計の秒針が進む音、無機質な機械の音が遠くから控えめに響いてくる。
静かな空間にポツンとひとりになると、考えなくてもいい事まで考えてしまう。
なんでこうなったの?
何が悪かったの?
誰が悪かったの?
信号を守らず飛び出した子供が悪い?
子供を制御できなかった親が悪い?
飛び出しの予測をしていなかったトラックの運転手が悪い?
そんな犯人探しのようなことをしたところで意味がない。起きてしまった事は変えられない。
きっと全部悪くて、全部悪くないんだ。
そういうものなんだ。
この世界は、そういう、残酷なものなんだ。
もう、いい加減にしてほしい。
時刻は12時を過ぎた。
不安で胸が潰されそうになりながらも必死で意識を保っている状態。
もう、限界だった。
そのとき、漸くICUの中からひとりの医者が出てきた。竈門さんのご家族の方は、と声を掛けられてすぐに駆け寄る。
「あ、あの、先生、あの、」
「妻の容体は、どうですか」
訊ねても、医者は暗い顔をしたままだった。
やめて…そんな顔、しないで。
「手は尽くしましたが出血が酷く、内臓も損傷が激しくて…」
その先を言わないで。そんなの聞きたくない。
「今夜を越せるかどうか、非常に危険な状態です」