第5章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「前編」
それらが全部、私を苦しめる。
理想と現実が全部ひっくり返ってしまっている。
こんな調子でもうずっと頭の中がぐちゃぐちゃだ。
めちゃくちゃな事を思ってる自覚もある。だからこそこんな事間違っても口には出せない。きちんとしまい込まなければいけない。
こんな気持ちを抱えている事を話したところで余計な心配をかけてしまうだけだ。
善逸は優しいから。
これは私が我慢して、頑張り続ければいいだけの話だから。
でも嘘をついていることはきっとバレている。今だって気遣うような顔をさせてしまっている。
「本当に、大丈夫。だって炭治郎があの人と結婚したのは私が待たせ過ぎちゃったこともあるし。今はあのふたりとちゃんと親子になれたらなって思う。せっかくこうしてまた生きていられるし。」
そう、自分に言い聞かせているだけなのだけど。
でも大丈夫、これには本心もちゃんと混ざってる。そうならなきゃいけないって思ってることは嘘じゃないから。
真っ直ぐ目を見て笑ってみせると、善逸はそれ以上は何も言わずに「そっか」と笑い返してくれた。
…………
「おかえり」
家に帰ると炭治郎が居た。当たり前だ、ここは炭治郎の家でもあるのだし、休日なんだから仕事が無ければ家に居るよね。
ただ私の姿を見ただけなのにとても嬉しそうだ。彼に犬のような尻尾があればきっと大きく振っているだろう。それくらい目に見えて幸せそうだった。
でも、その感情を真正面から受け止められる程まだ私の心は頑張りきれていない。この生活には慣れても、この関係にはまだ慣れない。いいや駄目だ慣れなければいけない。
ろくに目も合わせないまま、ただいまと小さく返事をして自分の部屋へ入る。
また、無視のようなことをしてしまった。炭治郎がいないところではあんなに息巻いているくせに、いざ本人を目の前にするとこれだ。もうずっと炭治郎の顔をちゃんと見ていない。
だけどそもそもこの関係を作ったのは…
「やめて…っ」
頭の中でいくつもの自分が言葉を交わす。本当に頭がおかしくなりそうだ。
こんな日はさっさと寝てしまうに限る。きっと夕飯の時間になればふたりのどちらかが起こしに来るだろうけど、それまで意識を起こしておくのは辛い。
目が覚めたら今度こそ頑張ろう。今日こそちゃんと娘をしよう。次こそしっかり割り切ろう。