第5章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「前編」
昔に何度も見ていた優しい顔で笑う炭治郎から聞こえてくる音が、とても不安定で苦しそうな音になった。
訳がわからずふたりを何度か交互に見ていると、女の人の後ろで何かが動くのが見えた。
そちらを覗き込むと小さな女の子が身を隠すように俺を見ていた。
(…………まさか)
ドクンと自分の心臓が大きく嫌な音を立てた。
妻だと紹介された女の人は「はじめまして」と俺に丁寧に挨拶をする。
この人の雰囲気はどことなく彼女に似ている気がした。
視線を下げたその人が女の子の体にそっと手を添えて、促されるように渋々といった様子で前に出てきた女の子と今度はハッキリ目が合って確信する。
やっぱり、この聞き馴染んだ音を発しているのはこの子だ。
「ほら、お父さんのお友達にご挨拶して?」
「……こんにちは。…………華、です」
同じ名前に、同じ音。
懐かしい面影を残したその子供は、間違いなく華ちゃんだ。きまりが悪そうな顔でふいっと視線を逸らされて、
その反応と聞こえてくる音が意味する事全てを嫌でも俺に理解させる。
愛おしさと後悔がぐちゃぐちゃに混ざったような音をさせている炭治郎。
辛そうで少し怒ったような悲しい音をさせている華ちゃん。
そして、心の底から幸せそうな澄んだ音をさせている女の人。
3人の音が混ざって、聞いているだけで苦しい。
耳を塞いでしまいたくなる。
(嘘だろ...)
誰か悪い冗談だって言ってくれよ。
だってこんなのあんまりじゃないか。
炭治郎、お前、やっぱり寂しかったんだな。
だからこんな、
……こんな、ことに。
数分前の自分を殴りたい。
何がよかっただ、これ以上に苦しいことなんてないだろ。
何もよくないよ。
何も知らないないくせに無責任なこと言うな馬鹿野郎。自分のことも殴りたいけど、それよりも、
もしもこの世に神様なんてやつが本当にいるのなら、そいつのこともぶん殴ってやりたい。