第5章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「前編」
泣きたくなるような、苦しい音が、したんだ。
俺は我妻善逸。
前世で鬼狩りをしていた。
まぁ色々あって死んじゃったわけだけど。
生まれ変わって、この幸せな時代に生まれた俺の周りには、誰一人として知っている人はいなかった。
でも今世でも、一応、俺の耳はまた良いらしい。
それは、ある日のこと。
「あれ?この音…」
休日に日用品を買い足しに出ていた時、その音は不意に聞こえてきた。
なんだろう、なんかすごく心地良い音が聞こえる。こんな人混みの中で珍しいな。
寒気がするような暗い音とかだったら普段から結構聞こえるんだけど。どんな人なのか気になるな。
(可愛い女の子だったらいいなあ。)
「こっちの方だと思うんだけど…」
音のする方へ引き寄せられるように足を進める。
昔よりバカみたいに人が随分増えたから音を聞き取れても人をかき分けるのが大変だよ。増えすぎだよ人。生きてることは素晴らしいことだけどさ。
あ、音がまた近くなった。
さっきよりもハッキリと聞こえる。ちょっと揺れてるけど、すごく優しい音だ。なんか泣きたくなってくる。
……待って、俺多分、この音知ってる。
「炭治郎!!」
「善逸!!」
少し先に見えていた見覚えのある後ろ姿が見馴れた顔で俺を振り返った。やっぱり炭治郎の音だったんだ。
(うわ、やばい、泣きそう。)
名前を叫び呼ぶ声が重なったという事はあいつも俺に気付いてたってことだよな。まだ結構距離があるから、もしかしたら炭治郎も今も鼻が良いのかもしれない。
俺を見た途端に嬉しそうな音をさせる炭治郎。
俺もめちゃくちゃ嬉しい。
いくら今がうまくいってたって、やっぱりずっとみんなに会いたかったから。
これも両親や友達には申し訳ないとは思うけど、前世を思い出してからはずっとひとりぼっちみたいな感じがしてたんだよな。
「本当に善逸だよな?ああ、うん、この匂いは間違いなく善逸だ!」
「ほん、本物だ…っ!炭治郎の音だ!!うわあああ炭治郎おおおおおおお!!」
「会えて嬉しいよ善逸!本当に…本当に嬉しい!」
「俺も嬉しいよおおおお゛お゛お゛」
おっさんふたりがわあわあと涙ぐんで抱き合う姿はきっと周りには奇妙に見えているだろう。