第5章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「前編」
呼ばれてダイニングに行くと、いつも見ている姿がないことに気づく。
「あれ、炭治郎は?いつもなら帰ってる時間なのに」
「今日は仕事が遅いみたい。だから夕飯は先にふたりで食べててくれって連絡があったわ」
「ふーん…」
「ふふっ、華とふたりだけでご飯なんて初めてでなんだか緊張しちゃうわ。シュークリームを買ってあるから、あの人には内緒でふたりでご飯の後に食べましょうね」
「いいの?」
「いいのよ。だって華は甘いもの好きでしょう?それに娘とふたりでデザートタイムを楽しむの、夢だったの。あ、ねえ、また学校のお友達の話も聞かせてほしいな」
「…うん、いーよ」
善意と好意の気配がはっきり伝わってくる。その気配に、良心が痛むような、罪悪感のような何かに押し潰されそうだ。この人には間違いなく私は大切な娘なんだとわかる。私はあなたの事を母親だと思えない。ごめんなさい。
「そうだ、今度3人でピクニックに行く?お弁当に炭治郎さんと華の好きなものたくさん作るから。最近はずっと天気が良いからきっとお日様がポカポカして気持ちいいかもね!」
「…うん」
楽しそうに話すこの人には言えないけれど、まったく気乗りはしなかった。3人で居るのが辛いとかそういうのもあるけど、天気のいい日にピクニック、という行為そのものが嫌だった。
私だって昔は日向が好きだった。
陽の光を感じるといつもそばに炭治郎が居てくれている気がしたから。
だけど今は日が落ちた後の薄暗さが心地いい。
私の心と混ざって溶け合って馴染んでいくようだ。暗闇は鬱屈とした気が増すばかりだけれど、それでいい。
今となっては日向で照らされる方が息苦しい。
あんなに好きだった日向ぼっこも今ではただの拷問だ。ぐちゃぐちゃに炙られている気分になる。太陽が憎らしくなった今の私では見事に晴れ渡った青空の下にさらされてもただ気が滅入るだけだった。
だって私のお日様はもう、どこにも無くなってしまったから。