第5章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「前編」
きっと神様は昔からこうだった。
望みを叶えてはくれないし、切望を聞き入れてはくれない。いつも私達から奪っていくばかりだった。
家族も、兄弟も、仲間達も、みんな悉く奪われていった。
泣き叫んでも縋っても、神様は何もしてくれなかった。
ただ残酷な現実を静観しているだけだった。
そういえば私も最期は鬼と相討ちになって死んだんだ。
あの時の炭治郎の顔はよく覚えている。
大きな目をいっぱいに開いて、そこからたくさん涙を流して、鼻水を出して、もう酷かった。
「死ぬな、嫌だ、いくな、華、まって、嫌だ、死なないでくれ華、お願いだ、いかないで、頼むから、お願いします神様、また俺から奪うのはやめてください、お願いします、なんでもします、お願いします、、」
同じ言葉を何度も繰り返し、喉が潰れてしまうと心配になるほど叫んでいた。
炭治郎の叫びも虚しく、強く抱き締められている自分の体の感覚が無くなっていくのがわかった。もうすぐ死ぬ、どうにもならないのが嫌でもわかる。もう彼と一緒にいられない。
死にたくない。もっと彼と生きていたい。もっと話をしたい。
また彼を奪われ残される側にしたくない。
そう思ってもどうにもならなくて。
結局のところ、神様なんてのはいないんだろうなと確信した。
…………
部屋で宿題をすると言って自室にこもり、こうしてベッドの上で蹲り続ける数時間のこの無駄な行為はもはや日課になっていた。
結局あの時死んだのは私の力不足だったんだと思う。
私の運も悪かったんだろう。
だから今もこうして苦しいんだろう。
神様なんて、いないんだから。
そう、思うことにした。
もう、変えられない過去と現状を比べるのには疲れた。
膝を抱える手に力を込めた時、部屋の外から私を呼ぶ声が聞こえてきた。
あの人が呼んでいる。夕飯が出来たらしい。
「すぐ行く」
短く返事をして膝に押し付けていた顔を上げると、すっかり陽が落ちていたようで部屋の中は真っ暗だった。
部屋を出る前に鏡で顔を確認する。とても小学3年生とは思えないひどい顔だ。ダイニングに行く前に一度顔を洗っていこう。変な詮索はされたくない。そんな事をされても答えられないし、
あの人に優しく心配されると少しだけ苦しい。