第5章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「前編」
そういえばいつだったか、休日に3人で出かけていた時にクラスメイトの男子と会った事がある。
その子が私の名前を呼んで手を振っていたのを見て私も笑顔で手を振り返した。
あの人は子供のお友達として嬉しそうに微笑んでいたけれど、
炭治郎は目が笑っていなかったっけ。
側からみれば愛娘に近付く悪い虫を良く思わない父親としてうつっただろうけど、
本当はきっと私が他の男の子に親しげに名前を呼ばれているのが気に食わなかったんだと思う。
そして私がそれに笑顔で応えたのも。
炭治郎が昔に嫉妬していた時と同じ気配がしたから。
今でも嫉妬してくれる程想われていると実感して嬉しかったし、少しいい気味だった。
私を裏切った炭治郎にも、私の方が愛されていると知らないあの人にも。
だけどすぐにそんな自分を嫌悪する。
そういう時、その瞬間、自分がとても嫌な人間に成り下がっていることに気が付いてしまう。腹の奥に溜まった嫌なものを全部吐き出してしまいたくなる。
もう全部、全部、うんざりだ。
ぜんぶ。棄てたい。
…………
何にもならない。
何も得られない。
何も変わらない。
ふたりを両親と認めなくても、あの人に素っ気ない態度をとっても、炭治郎との愛しい日々を思い返しても、今の私には全部意味のないことだ。無駄な足掻きだ。
もうやめよう。
やめたほうがいい。
うるさい、そんなの自分が一番よく分かってる。けどどうしたって受け入れられないの。
だって炭治郎の一番は私で、私の一番も炭治郎だけなのに。
どうして私じゃないの?
どうして他の女と?
どうして私も彼と同じ歳に生まれなかったの?
そう思わない日はない。
どうして、どうして、どうして、
どうしてこんなひどいことをするの、神様。
どうして、報われないの?
どうしてありのままの、私でいさせてくれないの?