第5章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「前編」
だけど、時は巻いては戻せない。
そんなこと、よく知っているんだ。
「炭治郎さん?」
「ああ……そうだな。俺も、そう思うよ」
やっと華をこの手に取り戻せたいま、
俺の全ては華のものだ。
だけど。
何の罪滅ぼしにもならないだろうけど、
せめてこの人の前でだけは今まで通りの良い旦那を続けなければ。
俺がこの人にしてやれる事なんてもうそのくらいしかない。
真っ直ぐ瞳を見つめて返すと、また嬉しそうな匂いが濃くなった。
ああ、俺は今、うまく笑えているだろうか。
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気が狂いそうだった。
懐かしいぬくもりを感じて、
まるで永い眠りから呼び起こされるように目覚めたあの日。
気付けば目の前には愛しい人の顔があった。
ああ、炭治郎、炭治郎だ。
私の愛しい人。
かけがえのない人。
ずっとあなたに会いたかった。
少しやつれた?
それになんだか大人びた気がする。
背も伸びたみたい。
好き、大好き、愛してる。
……ねえ、どうして何も言ってくれないの?
どうしてそんな苦しそうな顔をしているの?
名前を呼びたいのに、話したい事がたくさんあるのに、うまく喋れない。抱き締めたいのに腕が届かない。それにここは何処なんだろう。彼に抱かれている自分の体があまりに小さすぎる。何かがおかしい気がする。
少し視線を彷徨わせると、感じていた違和感の答えがわかった。
少し息を乱した女性がベッドに横たわっていて、涙や汗を流しながらこちらに向かって微笑んでいる。
そしてその横には真白い衣服を着た人が何人か。
ああ……そうか。
そういうことなんだ。
一瞬で、悟ってしまった。
私は…炭治郎の子供として、生まれてきてしまったのだと。
かつてあんなに愛した人の、子供になってしまったと。