第5章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「前編」
いつも誰かが側に居てくれたと気付かされる。
大切な人達に生かされていたと思い知らされる。
探しても探しても誰にも会えない。
見つけられない。
名前を呼んでも誰の返事も得られない。完全な独りぼっちとはこういうことなのか。酷い生き地獄だと思った。
そんな時にいまの妻と出会った。
彼女に似た雰囲気の女性だった。
言葉遣いや仕草や匂いで彼女では無いとわかっているのに、その女性に言い寄られて俺はそれを受け入れてしまった。
自分の足でただその場に立っているのも辛いこの現実から一時でも気を紛らわせてくれるのならと縋ってしまった。
その日、俺は女性に華を重ねて抱いた。
こんな事を続けていても何の解決にもならないと頭ではわかっているのに、華の面影が重なるその女性を手放せないでいた。
俺の事を好きだと笑ってくれるその言葉に生かされていた。
そんな関係をずるずると続けること半年、
赤ちゃんが出来たと嬉しそうに報告する彼女をどこか他人事のように見ていたことを思い出す。
身篭らせてしまった手前責任は取らなければいけないな、と殆ど義務感で籍を入れ式を挙げた。
そうして生まれてきた子がまさか、自分がこの世で一番愛している女性だったなどと誰が信じるだろうか。そんなの俺が一番信じたくないのに。
それから少し経った頃に、自分でも無意識のうちに紙の切れ端に彼女の名前を書いていた事があった。
ーーーあら、素敵な名前ね!もう赤ちゃんの名前を考えてくれてたの?
あの時、花が咲くように顔を綻ばせた妻にそう言われて咄嗟に肯定してしまったのがいけなかった。
心の底から幸せそうな匂いをさせる目の前の女性を、もう妻とは思えそうになかった。
我ながらこんな自分勝手な事はないと思う。酷い話だと思う。いくら謝っても足りないだろう。だけど本当に申し訳ないと思っているんだ。本当に、本当にごめんなさい。
結局、全部俺が悪かったんだろう。
頑張る事しか出来ないくせに、諦めてしまったから。
俺の伴侶は華だけと決まっていたのに彼女を裏切ってしまったから。
自分で彼女に立てた誓いを自ら破ってしまったから。
己の辛さを紛らわせるためにこの人の気持ちを都合良く利用してしまったから。
俺は……本当に最低だ。