第7章 コスメティックロマンス 【夜会】
「そうだ。ハンジさんもよければマニキュアなんてどうですか?
まだ時間があるし…」
取り出したのはマグマのような深緋色。
私の胸の内を表すのにこれ以上適切な色があるだろうか。
「いいの?私に似合うかな」
「もちろんですよ。ここに座ってください」
どろりとした液体を興味深そうに眺めるハンジさんの左手に、私の両手が触れる。
鮮烈な私の証がつくられていく。
大きくて骨っぽい指。
希望を掴もうとしてきた美しい手。
なんだか無性にいとしくなって、刷毛をつまむ力が強まった。
この燃えるような熱が、血液と一緒にあなたを流れたらいいのに。
そうしたらもっと深く繋がれるはず。
「はい、できました。
馬車に揺られているうちに乾くと思います」
「わ…ありがとう!こんなの初めてでちょっと照れるなあ」
って器用だね、と感動するハンジさんが可愛い。
あなたの周りを光の粒子が取り巻いているみたいで。
このきらめきが私を放って、誰かの手に落ちてしまったらどうしよう。
閉じ込めてしまいたいのは私だって同じ。
貴族の令嬢や婦人、そして資産家の男性。
多くの人と歓談するハンジさんを想像しては胸焼けのようなひりつきを感じて、喉の奥から微かな声が溢れてしまう。
雲を掴むような虚無感は『みないふり』。
___そう割り切れるほど私は賢くなれない。