第46章 荼毘に伏す
キミがこの場で倒れたとして。
私は救急車を呼んであげることができないし。
キミがこの場で命を落としても。
私は届出なんて出してやれない。
『敵、って。そういうことだよ。普通には生きられない。ところで、キミには戸籍があるの?』
「………俺の、戸籍」
ふと。
俺は自分の家の居間で見てきた、自分の写真が飾られた仏壇を思い出した。
「………もう死んだことになってる」
『……。』
「……げほ、けほ…!!」
また激しく血を吐いた、俺の背中をさすって。
お前は言った。
もう、永くないんだろう。
俺はその言葉を聞いて、泣きたくなるような気持ちに駆られた。
促されるままベッドに横になって。
季節が一つ過ぎるまで。
俺は生きながらえた。
すぐに吐血したり吐瀉物を吐いたりする俺を、追い出すでもやっかむでもなく。
お前は甲斐甲斐しく世話をした。
もし叶うなら。
もう一度、生き直したいと思った。
誰の息子でも、誰の家族でもない。
苗字も名前も持たない、新しい俺を。
もしも、叶うなら。
「……荼毘…出かけるのか」
『…買い物に行くけど、何かほしいものある?』
「……いらない。…なぁ、いつ帰ってくる?」
『すぐ戻るよ』
全てを忘れて。
お前と暮らせたなら、それはそれで。
冥土の土産になるかもなぁ、なんてこと考えるくらいには、お前との生活を気に入ってた。
『しばらく家を空ける。博多に行く』
「なんでまたそんな遠出するんだ」
『ブローカーから仕事を紹介された。二日で戻ってくるよ』
「俺も行く」
『この空き家、鍵壊れてるから。一日でも空けてしまったら、誰か別の人が住みつく。中々良い家だから手放したくない』
だから、ここにいて。
お前は白炎の揺れる瞳を俺に向けて、笑いかけてきた。
『キミは出て行ったりしないでしょう?』
「…黙って出て行ったりはしねぇよ」
『燈矢、私がいない間に勝手に死んだりしないでね』
「ひでぇ言い草だな。最近、体調は悪くない。でも、あんまり遅いと死ぬだろうぜ」
『ヒモみたいなもんだもんね』
「おい」