第22章 日常
すぐに声をかけようとしたんだ。
窓際の、二つ並んだ鉢植えの前。
目の前のしなだれた若い芽を体現するかのように、立ち尽くした君の背を見つけた時。
声をかけなきゃと思ったんだ。
けれど。
あまりにその背中が痛々しくて。
『…天喰先輩、お久しぶりです』
こんにちは、と。
君に声をかけられるまで。
俺は声が発せなかった。
君は振り向いて、笑わずに。
俺に向かって一礼をした。
「…花、あの…残念、だよね。せっかく…」
『…もしかして、メッセージを見て、来てくれたんですか?』
こんな、早朝に、と。
君はまじまじと携帯電話の時間を見て、俺に不思議そうな目を向けた。
そして、あぁ、と素っ頓狂な声をあげた。
『すみません、こんな早朝にメッセージなんて』
「…いや…」
こんな感じになってしまいました、と。
彼女は脇に避けて、俺の位置からでも鉢植えの状態が確認しやすいように、視界を開けてくれた。
俺は彼女の隣に並び立ち、溜息をついた。
「…あー。これは…難しいね」
『そうですか。ならせめて』
次の瞬間。
彼女は片手をしなびた苗に向けて。
そして。
『カルラ』
炎の個性で。
彼女は咲くことのなかったその花を、一瞬で灰にした。
「ーーーーーーえ」
あまりに。
現実味のない、現実の出来事。
俺はごくりと息を飲み。
彼女の横顔を盗み見た。
彼女は、微かに。
穏やかに。
微笑んでいるようにみえる。
『楽しかったです』
「えっ!?な、なんで…!?」
『結局咲かなかったけど』
「なんで燃やしたの!?」
『このまま虫に食べられるよりはマシかなって。それにーーー』
彼女は窓を大きく開けて。
灰になったあの花が、風にさらわれていくのを。
ただ、じっと。
ただ、眺め続けて。
その瞳に揺れる白炎に、俺が見惚れていることを知ってか、知らずか。
俺の方へと、ゆっくり向き直った。
『せめて、最期は私の手で、と思ったまでですよ』
また新しい花を植えようと、彼女に提案をしたけれど。
彼女はもう、少し灰がかかったあの鉢植えに、期待することを止めたようだった。