第9章 バンドガール・ラバー【澤村大地】
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俺が傘を持ち、2人で並んで歩く。
「練習、見せてくれてありがとね。元気な皆を見てたら私も元気貰った。大地たちがバレーしてるのも新鮮でかっこよかった!」
速いと言われないように、名前に歩調を会わせて歩く。
さっきまでの大雨は早くも弱くなってきていて、2人で並んで歩くのはさほど大変では無かった。
「そっか。でも無理すんな。何かあればすぐ言えよ」
「ん!ありがと」
いつもより名前との距離が近くて、時折当たってしまう肩に力が入る。
軽く当たっただけの左肩は、意識が集中して落ち着かない。
「……」
「……」
もうすぐ名前の家に着いてしまうのに、沈黙が続く。
もっと話していたい、のに。
でも昼間の出来事で本調子では無い名前に、無理をさせたくない気持ちから話し掛けるのを躊躇う。
「あのさ、大地」
そんな中で沈黙を破ったのは名前だった。
「……私、今ね。9月の文化祭でやる曲を1曲書いてて、今日も部室でその作業してたの」
「へぇ、そうなのか!曲作るなんてすげぇな」
ちょうど名前の家の前に到着し、足を止める。
雨はもうかなり落ち着いていて、小降りになっていた。
「……その曲さ。大地に聴いてもらいたいの。
だから、軽音のライブ……絶対に来てよ!」
「ああ、クラスの方は調整して勿論行くよ」
「……ありがと!絶対だよ?
……あ……ねぇ、大地?」
まだ何かを伝えたそうに、名前は俺の顔を見上げた。
「ん、何?」
傘の中という狭い空間で、名前は俺の顔を何秒もまじまじと見つめていた。
心臓の音が速くなる。
ポツポツと傘に当たる小雨の音が、やたらと大きく聴こえた。
「……っ、ううん、何でもない!今日は助けてくれてありがとう!皆のお陰でもう全快だ!」
傘から出た名前は、赤らめた顔でニカッと笑う。
本当に本当にありがとう!と言って家の中に入った。
名前を雨から守る為に、傘からはみ出ていた俺の右肩は濡れていた。
「……良かった」
それは元気な名前に戻った事で、俺の口から出た心からの言葉だった。