第9章 バンドガール・ラバー【澤村大地】
散漫な状態でロードワークを終え学校に戻った後、手当てが終わった名前を第二体育館に保護した。
俺以外の部員は既に練習に入らせていた。
俺と名前の目の前では、いつも通りバレー部の日常風景が広がっていた。
この日は、烏養さんも武田先生も居なかった。
事件を目撃したバレー部の責任者として、
何より被害を受けた名前の友達として、俺は名前の隣に腰を下ろして事情を聴いた。
「名前、何があったんだ?」
「……元カレ、なんだ。半年以上も前にフラれて別れた筈なんだけど。最近また電話がかかってきて、私が何度も無視してたから……」
「アイツ、遊び人で有名だろ。どうせ取っ替え引っ替えしてんだ」
「……うん。私も遊ばれてただけだし。もう好きじゃないから……」
もう好きじゃない。
名前のその言葉に、心から安堵する俺が居た。
(あれ……俺、安心してる……?)
「最低だね。アイツも、私も」
「え?」
名前がため息混じりに口を開く。
「バレー部の邪魔してさ。今だって大地の邪魔してる。本当に最低だ」
名前は無理矢理作った笑顔を俺に向けた。
心臓がきゅっと締め付けられた。
「……じゃあ一層の事、もっと邪魔していけよ」
「え?」
「今日、バレー部の練習、見てけ」
名前は“そうする”と言って、俺から隠すように涙目を逸らした。
「怖かったな。今日は一人で居るなよ」
俺は笑いながら名前の頭を優しく撫でて、そのまま練習へ合流した。
すぐ近くに居た清水が、俺を見てうっすら笑っていたが、この時は見なかった事にしておいた。
この日は練習が終わった頃に、夏らしい急な夕立に見回れた。
傘を持っている者も持っていない者も、急いで帰りだす。
「……名前、傘あんのか?」
「……無い。でもスニーカーだし、走れるからへーき」
腫れた頬にガーゼを貼った名前が、俺を見上げて言った。
「傘、一緒に入れ。送るよ」
練習を見ていけと言った時点で、一緒に帰る事は決めていた。
またあの元カレが来ないとも限らない。
名前と並んでゆっくり歩ける、傘があって良かったと心から思った。