第17章 ラブシック・ハイ(後編)【宮治】
「そこまでや」
甘い空気をプツッと切る、冷静な声。
治くんに注いでいた視線を声の主である信介くんに向けると、急に現実感が戻ってくる。
「俺……名前のコト狙っとったんに!!」
「うっさいわ、侑!黙っとれ!!今ええ所やっ!!」
侑くんと銀島くんが、小さい音量ながらも力の籠った声で話してた。
それに気を散らす事なく、目の前の治くんは信介くんを心配そうに見つめる。
「ほれっ。バレー部も吹奏楽もチアも。皆、部屋戻り」
「「えー!!」」
持ち前の統率力でギャラリーを部屋へと誘導していく信介くん。
ほんまに、どこまでも優しい信介くん。
人払いをする彼の顔は、柔らかく笑っていた。
「……あの、信介、くん」
「なんや?名前」
「……ご、ごめんなさい」
罪悪感を抱いた事への、罪悪感に苛まれる。
形の上では、信介くんから治くんに乗り換えたという事実があって、また信介くんを傷付けてもうたという不安に駆られる。
「……名前、それはちゃうで」
「え……?」
「俺は……お前がしっくりくる相手が治で、嬉しいんや」
元彼女のこんな所を見せられて、怒る人かて沢山おる筈。
なのに信介くんは、満足そうに優しく微笑んでいた。
信介くんの優しさは、海みたいに深くて……
今まで伝えられへんかった感謝が溢れた様に、目元に溜まる。
「あ……!ありがとう……!」
溢れだした嬉し涙が、目からゆっくりと零れ落ちた。
「北さん……ありがとう、ございます」
治くんは驚きながら、ゆっくりと頭を下げた。
「そや。一階のロビーなら誰もおらんのとちゃうか?」
野次馬の如く集まった人たちに、部屋に戻るよう手振りを送りながら、信介くんが言うた。
「就寝時刻までには、絶対戻るんやで?」
信介くんは、また笑っとった。