第17章 ラブシック・ハイ(後編)【宮治】
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治くんは、パタリと顔を出さなくなった。
毎日、すぐ隣の教室で過ごす人に、こないに会わないもんかなと思った。
お互いに部活に精を出せたのは、ある意味で良い機会やったとは思う。
頻繁にうちのクラスに遊びに来てくれた時が懐かしく思えたけど、彼を傷付けた償いなんやと我慢した。
私は完全に、治くんに恋しとった。
胸の中にはいつも、治くんがおった。
例え彼が私の事を忘れてしまったとしても。
もう熱が冷めてしまったとしても。
私は治くんの所為で、“治らない風邪”をひいた。
春高本戦の日を迎えて、吹部部長として部員を引っ張らなあかん私は、朝からてんやわんややった。
「名前、チューナーどこ?」
「共用バッグん中になかった?」
「苗字ー、声出しと演奏のタイミングの事なんやけど」
「はーい!今行くね!」
散々準備して備えても、いざ本番を迎えれば、応援団とはいえ皆も私も焦りだす。
夏にIHを経験していても、本番前のこの慌ただしさは容易には慣れへん。
(治くん……私、見とるからね)
スタンドからコートを見下ろせば、ユニフォーム姿の治くんやバレー部の人たち。
「はいっ!」
チアや声出しの人たちとの兼ね合いがあるから、指揮者とは別で演奏開始のタイミングを部員たちに合図する私。
自分のパートの楽器なんて、吹いとる暇が無い。
コートに対して背中を向けとる時間も多いし、視野を広く持ちつつ気も遣う。
「次、侑くんサーブやから“止め”ね!」
1月やっちゅうのに、東京体育館の応援席は暑かった。
あの日、治くんと取りに行った吹部のTシャツに、じんわりと汗が貼り付いた。
「苗字、問題なくやっとるか?」
「あ、先生」
顧問の先生が様子を見に来てくれて、少しの間、集中の糸が切れる。
「大丈夫ですよ。練習通り出来てます」
「おう。それにしてもバレー部、すごいなぁ」
「そうですね」
ピーッという、点を取った時よりも少しだけ長めに吹かれた笛の音が耳に入り、ふとコートに目を移した時やった。
「あっ……」
コート後方には、サーブの番が来た治くんがボールを持って立っとった。
その時、自らの背後にある応援席を一瞬見た治くんと……
多分、目が合った。