第17章 ラブシック・ハイ(後編)【宮治】
春高本戦の日程が近付いてきたある日の放課後、私は教室に忘れた楽譜を取りに行った。
「あっ……こんな奥に……」
机の中に入れていた楽譜のバラけた一枚が、他の本に押されて奥でくしゃくしゃになっていた。
治くんは変わらず、私なんかを気に掛けてくれていた。
けど最近は、治くんと話してても目が合わせられへんかったり、口ごもって上手く喋れへんかった。
私が彼を意識しすぎなのは解ってた。
いつでも落ち着いてる治くんが、羨ましくて悔しかった。
「名前ちゃん?」
不意に後ろから声をかけられて、机の奥に手を突っ込むことに夢中やった私の身体はビクッと跳ねた。
「……治くん」
「何しとるん?」
バレー部のジャージ姿が新鮮な、治くんが立っていた。
只でさえ背が高くて男らしい体つき。
運動部ではない私には、その体格の良さが強調されて見えた。
「楽譜、忘れてもうて……」
「あ、俺も」
「え?治くんが……楽譜?」
「ちゃうて。俺も忘れ物取りに来たっちゅう事」
「ああ……そう、なんや。あはは……」
「今日提出期限の日本史のプリント、出すのすっかり忘れてん」
治くんは、自分のクラスに取りに行ってきた一枚のプリントをヒラヒラと動かした。
「……春高のトーナメント表、もう出た?」
黙っとけば良いのに、余計なお喋りが口から飛び出す。
治くんの顔を見る程、声を聴く程、辛くなってくのは私自身なのに……
周りの目がないこの場で、彼を引き留めたくて仕方がない。
矛盾だらけ……私のアホ。
「初戦は神奈川の椿原か、宮城のトリ……やのうて、カラスノっちゅうとこ」
普段からあまり表情を変えない治くんやけど、またそういうのとは違って見えた。
少し元気が無い治くんに、また笑て欲しかったから……
精一杯の笑顔を作る。
「……う、ウチら全力で応援するっ!だから……治くんもファイトやで……!」
あの日、2人でアイスを食べながら笑た時みたく……
もう一度治くんに、思いっきり笑て欲しかった。
「あ、“治くん”やのうて……“バレー部の皆さん”か。あっはは……」
不器用に会話を繋いでも、意味は無かった。
次の瞬間、私は治くんによって、壁に押し付けられとったから。