第16章 ラブシック・ハイ(前編)【宮治】
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ツムのクラスで初めて話しかけてから、数週間経つ。
春高出場が決まって、いつも通り部活に向かおうとした放課後、たまたま廊下で名前ちゃんを見かけた。
「名前ちゃん、これから部活?」
「あ、治くん。んーとね、練習の前に部の用事で……」
「へぇー。なに?」
「楽器関係以外の消耗品の買い出しとか、コーチしてくれとる外部の先生への謝礼金振り込みとか、部で作ったTシャツの受け取りで出かけんねん」
「げー。それ全部、部長の仕事なん?」
「うん。歴代部長、そうしてはったらしいよ」
顧問は演奏の指導があって出来ひんから、と言いながら、TO DOリストを確認する。
どう考えても只の雑用。
お節介やけど、楽器の練習とか他の人と合わせる練習とかせんでええんやろか?
「ほな治くんも、バレー頑張って」
俺の好きな、ふんわりとした笑顔。
「……うん」
これを見せられると、何も言えなくなる。
足早に下の階に下りていく名前ちゃんの小さい背中を、見えなくなるまで見つめていた。
揺れたスカートから綺麗な足がちらついた瞬間、思う。
北さんは全部、見たんやろか……?
名前ちゃんの足……
名前ちゃんの裸……
名前ちゃんの全部を。
北さんには、この笑顔、見せてたんやろか?
北さんの事、まだ好きやったりするんやろか?
名前ちゃん……教えてや……?
───俺は今……何しとんのやろ?
気付けばその辺におったツムを捕まえて、「風邪気味や」ゆうて仮病使て部活を休んだ。
春高控えた大事な時期に、ほんまに勝手しとるのは解っとる。
吹奏楽部の練習にお節介焼いとる場合やない。
おまけに。
そないに仲良くなれてへん同級生を追いかけとる。
「待って」
校門を出る寸前の彼女の腕を、後ろから掴んだ。
「……え、治くん?どないしたん?」
びっくりした顔が可愛くて、そのまま腕の中に収めてしまおうかと思た。
「俺も……一緒に行ってええ?」