第15章 あたりまえ【北信介】
「……歩こか?」
足を進めると、縮まった距離の所為で、腕や肩が信ちゃんに当たる。
当たった部分は、意識してジンと熱くなる。
夕方になっても続く蒸し暑さもあって、変な汗がめっちゃ出てくる。
恋人になろ?とか、そういう告白らしい言葉は無かった。
けど、信ちゃんの気持ちが昔からずっと当たり前にあった事。
これからも信ちゃんは、私の側に当たり前におってくれる事がほんまに嬉しかった。
神社に到着すると、出店とそのオレンジ色の照明たちが出迎えてくれた。
適当にビールと枝豆を買うて境内への階段を登ると、何組かのカップルがおる以外は人はまばらやった。
「わー!縁日、久しぶりや!!」
境内から見た懐かしい景色が、目の前に広がる。
控えめなライティングで照らし出された境内と、階段下で綺麗に光る出店と人の賑わい。
あんま大きい規模やないから、出店の数や種類も小さい頃からちっとも変わらんこの縁日。
ビールをひとくち口に含んだ信ちゃんは、プラスチックのコップを近くの石柵の上に置いた。
「名前」
「なに?」
信ちゃんの方を見た瞬間やった。
唇に、柔らかくてあったかい感触があった。
「……っ」
キスされてるって判った時には、たぶん何秒も経っとった。
至近距離に見える信ちゃんは目を閉じて、静かに口付けとった。
「……ふ」
そっと信ちゃんの浴衣の胸に両手を置いてみると、しっかりめにきゅっと抱き締められる。
きつすぎず緩すぎず、ちょうどええ心地のあったかいハグ。
唇を離した後に見えた信ちゃんの表情はなんだか妖艶で、それを見て「ああ、キスしたんやな」って初めての感覚に酔う。
胸に耳を近付ければ、トクントクンて信ちゃんの心臓の音が聴こえてきて、ドキドキすんのに安心する。
「『女の人』にこんなんしたん……初めてやわ……」
「私かて……この歳にして、信ちゃんが……初めてや」
信ちゃんを見上げる自分の首の角度から、改めて意外なタッパを意識する。
辺りはもう暗くなっていて、カップルばっかしの周りの目なんて気にならない。
そのまま信ちゃんの腕の中に収まって、幸福感に浸った。