第15章 あたりまえ【北信介】
***
信ちゃんの浴衣は綺麗な濃紺で、帯は薄い灰色の市松模様でお洒落やった。
格好良すぎてドキドキするから、信ちゃんとの間を少しだけ空けて歩く。
「す、素敵な浴衣ですね、信介さん!」
「なに緊張しとん?新調したんや。成人してから初めて着るわ」
「よう似合うてんで!」
神社までゆっくり歩いていく。
2人の足元から、カランコロン下駄のええ音が聴こえた。
「……名前も」
汗で額に貼り付く前髪を直していた私は、信ちゃんの言葉に耳を疑った。
「綺麗やで……名前の浴衣姿」
今、なんて……?
「し、信ちゃん……今、き、綺麗て言うた……?」
「言うたで。めっちゃ似合っとる」
白地に水色と薄黄色の大きめの菊柄、それに紺色の帯に目を落としたまま、なんも言えなくなった私。
私にお世辞なんて言う筈が無いのは知っとる。
嬉しすぎて、今ここで信ちゃんに抱きついてしまいそうな衝動を抑えた。
「あ……ありがと……」
信ちゃんとおる時には感じた事の無い、地に足が着かない感じ。
俯きながらやっと返事をした。
いつもでかいバレー部の人らとおったから忘れがちやけど、信ちゃんも結構背が高い。
今の言葉だけやって意識せんではいられんのに、並んで歩く信ちゃんに、あれもこれもとキュンてなる。
どないしよう。
見上げれば、また「好き」て言ってまう……
目が合えば、もっともっと好きになってまう……
「ココやったな」
「……へっ!何!?」
びっくりして上擦った声が、住宅街に響く。
「名前が俺に、『好き』て言うてくれた場所」
家々が建ち並ぶ道の途中で、信ちゃんが足を止めた。
縁日へと向かう親子連れやら中高生たちが、立ち止まった私らを追い越してった。