第15章 あたりまえ【北信介】
『お前ら名前の事、好きなんやろ?』
『なっ!?ちゃうわ!!』
『この前名前に、ボール投げの記録塗り替えられたやろ?好きな女子に体育で抜かれて悔しゅうて、とかか?』
信ちゃんだけは私の事、ちゃんと見てくれてるんや、って初めて思た。
「誰かが見とるよ」って、前に信ちゃんちのバァちゃんが言ってたのを思い出した。
信ちゃんの「正論パンチ」は未熟な私を救ってくれる必殺技で……
信ちゃんの「ちゃんと」は、私には無い最高の持ち味。
そんな信ちゃんにいつも助けられた。
いつまでも信ちゃんの優しさに甘えとらんで、自分の気持ちくらい自分で伝えなあかんよな。
私、信ちゃんみたく……「ちゃんと」やんねん。
***
次の日は今季一番の冷え込みで、脚が綺麗に見える様にと防寒で、大人っぽく黒のタイツを選んだ。
髪型はアレンジしてみたりして、少しでも可愛く見える様に頑張った。
「……名前、今日どないしたん?」
ホレ来たぁ!って心の中でガッツポーズしたのも束の間。
「時間、ぴったりやな」
「そっちかい!」
まぁええわ……信ちゃんらしい。
「今朝は大分冷えるな」
「な」
いつも通りの他愛ない会話。
今日はここから、一歩踏み出さな。
「……あ、あんな!信ちゃ……」
核心に触れようと口を開いた瞬間、唇の端にビリッとした鋭い痛みが走った。
「痛ぁ……!」
「どないしたん?」
乾燥で唇の端が切れた痛みやった。
こないな時に限って、リップクリーム忘れてもうた。
ほんまについてへん。
ついてへん、ちゅうか……
アホやから、リップ忘れた。
ズボラやから、こまめに塗って来んかった。
……全部、自分の所為やん。
情けなくて、顔あげられへん。
「ほんまにアホやな」
俯いていた顔を上げると、目の前には綺麗な顔立ちの信ちゃん。
気ぃ付けば信ちゃんの手にはリップクリームがあって、自分のそれを私の唇に塗ってくれとる。
……ちょー待って……
これって……間接キス、ってやつ……?