第14章 レインドロップス【澤村・及川】
「……明日も、勝ってね!」
2人きりになってすぐ、名前が言った。
「当然だ。春高、絶対に行ってやる」
名前は目を細めて微笑んだ。
正直、こんなに柔らかい表情の名前を俺は初めて見た。
いつもはもっと大人っぽくて、落ち着いていて……まぁ今も落ち着いてはいるが。
今まで存在していたミステリアスな「影」の部分がすっぽり無くなった様に、スッキリとしているみたいだった。
「……及川と、話した」
及川……名前の口からその名が出て、ドキッとする。
「彼とは中学が同じでね……」
「IH予選を観に来た時、偶然……」
名前はこの数ヶ月、及川と自分の間にあった事を話してくれた。
そして、及川と関係を持った理由とそれを切った事、奴の事は恋愛対象では無いという事を。
「……私、好きでもない人とこんな事してて……澤村には見合わない最低な女なんだって思ってた」
名前は目を伏せて続けた。
「でも、そうやって自分の気持ちに嘘ついてる私って……もっと最低だって思ったんだよね。
まっすぐ想いを伝えてくれた澤村にも及川にも、すっごく失礼だった」
人通りの無い、廊下の隅。
近くにある鉄製のドアには、「電気室」の文字。
きっと誰も通らない。
そう思った瞬間、俺の身体は勝手に名前を抱き締めていた。
先日の進路指導室での抱擁を思い出すが、今とは格段に2人が違う。
俺の気持ちの重みも、名前の決意も。
「……ずっとずっと、大好きだったよ大地。これからもずっと、大好きでいさせてよ」
「……俺もだよ。名前が、大好きだ」
お互いの身体をくっつけ合う。
俺の背中に腕を回して左胸にぴたりと耳を付けられると、名前に鼓動が聴こえてしまって恥ずかしい。
「……大地、ドキドキしてるね」
「……あ、ああ」
鈍いと言われる俺の、最近やっと気付けた恋愛感情。
名前の事をこんな風に意識する前の時間を埋める様に、どんどん心臓が速くなっていった。