第13章 ジーザス!【黒尾鉄朗】
「でも俺は、名前が思ってるよりも一途デスヨ?お前が頑張ってんの、ずっと見てたし」
低く妖艶に囁くクロに、不覚にもゾクッとしてしまう。
知ってるよ、本当はクロが一途な事。
私なんかの事、気に掛けてくれてた事。
大きな身体に対して細い首。
そこから膨らむ喉仏に目をやって、私は持っていきようの無い気持ちを抑える事に集中した。
「……別に、頑張ってなんか……」
「頑張ってたし、我慢もしてた……だろ?」
昨日まで恋人だった人は、同じ学年で野球部のエースピッチャーで。
私は野球部のマネージャーだった。
小学生で野球チームに入った私は、男子と一緒に白球を追いかけた。
野球が好きだから中学でも高校でも、野球部のマネージャーという道を選んだ。
「俺が誘った時、素直にウチのマネやってくれてれば良かったのによ」
「だって……私、野球一筋だし……」
1年生の頃から頭ひとつ抜けた才能を持つ彼に、私は恋をした。
最初は順調だった私たちが、すれ違っていったのはいつからだっただろう。
「彼氏に、あんなにひでぇ事されてよ」
「え……?」
「俺、見ちゃったんだよネ。この前の放課後ココで、お前らの事」
クロの言葉で私はハッとする。
壁ドンをしたままの体制でまた顔を近付けられ、ゆっくりと触れただけのキスを1回された。
私を慈しんでいる様にそっとされたそのキスは、なんだか温かくて優しかった。
数日前の放課後、この空き教室で彼との間で起こった事。
思い出したくない記憶が甦る。
***
既に野球部は、私たち3年が引退していた。
部活中心だった学校生活を受験勉強に向けてシフトチェンジしている中、私はここに呼び出された。
『名前、最近俺に冷たくない?』
彼とはクラスが違うし、部活でも顔を合わせなくなったから、彼がそう感じるのも無理ないと思った。
『ごめんね、この頃忙しくて……今日一緒に帰ろうよ』
出来る限りの笑顔で答えた。
『……俺の事、まだ好きなんだ?』
『当然でしょ?好きだよ』
呼び出された理由が分かって、彼を不安にさせてしまった事に罪悪感を抱いた。
これから一緒に帰って、断られなければどこかに寄ってお茶でも……なんて悠長に考えていた時だった。