第12章 男の子、女の子【菅原孝支】
「だからさ……」
「……っ」
再び菅原の顔が近付き、私が空けていた身体の距離も自然に詰められる。
「だから……もっと可愛くなろうなんて、思うなよ」
「す、がわ」
「そのままの名前が好き」
迷いなく重ねられる唇。
「……ふ」
まだ昼休み真っ只中の坂ノ下商店前。
偶然にも周りには人は見当たらない。
というか、器用な菅原はそういうタイミングを狙っているんだと思った。
白昼の好きな人とのキスは、恋愛慣れしてない私には顔から火が出る程の恥ずかしさだ。
「……っ」
偶然か、はたまた私の反応を見る為なのか。
キスの最中、閉じていた彼の目が急にパチッと開き、どうすれば良いか分からずに開いていたままの私の目と合ってしまう。
「バカ、目ぇ閉じてろよ」
息継ぎをした瞬間に言われる。
言われたまま目を閉じれば、待ってましたとばかりに唇を優しく食まれる。
このスピード感に、頭がまるっきり着いていかない。
「……唇とか、このままで良いべ」
「……っあ」
初めて施した唇の化粧を、舐め取られる様に舌を這わされた。
否、もしかしたら小さい頃。
七五三だったか親戚の結婚式だったかに、お母さんに口紅を塗られた事があっただろうか。
そんな事はどうでも良かったのだが、何故かそれが頭を廻る。
真っ昼間、しかも学校関係者御用達の店の前でとんでもない事を繰り広げている筈なのに、私の頭はどんどん菅原に溶かされて使い物にならなくなっていく。
「ココも……やりすぎ」
唇から菅原が離れ、こちらも丁寧にアイメイクが施された目元に唇を寄せられキスされる。
「……あ、駄目だって」
「今は誰もいねぇから」
いつもの調子、朗らかな声で返される。
行動の大胆さの中でも見せてくれた笑顔で、私は安堵した。
キスの攻撃がやっと止み、きっと茹で蛸の様に真っ赤になっているであろう私。
隣に座る菅原の「男」をこれでもかという程に意識する。
同じバレー部の澤村たちと比べ、少し細身な彼。
でも背は女の私から見れば見上げる必要があるし、手指だって華奢ながら全体的な大きさはかなりある。
「……す、菅原も……男の子、なんだね」
黙っている時間が気まずくて、それに伝えたくて、まだ胸の鼓動が静まってもいないのに私は口を開いていた。