第6章 長期滞在になってまいりました。
「兄さん、兄さん!」
先刻から柔らかな銀髪をなびかせ、一人の女性が走り回っている。
「あの…どうかしましたか?」
泥だらけになった可愛らしい靴やお洋服が、とても不憫に思えて、私は思わず声をかけた。
彼女はキッとこちらを振り向いた。
…あ。
ナタ―リヤさんだ。
「私の兄さん!」
…えっとイヴァンさんを探してるってことかな。
少し口下手なのかもしれない。
私自身あまり口数の多いほうではないので、なんだかいろいろ世話を焼きたくなってしまった。
「イヴァンさんなら、…確か今日はルートさんの家で集まりがあるので、そちらでしょう。
ただ、午前中からの集まりだったので、もしかしたら着いたころにはもう家を出てる可能性もありま…あ、聞いてますか、ナタ―リヤさん」
「気安い!本田菊」
私が言い終える前に踵を返して、おそらくルート邸への道へと向かったものだと思われる。
声をかけると、再びナタ―リヤさんはキッと睨みつけるようにこちらを見た。
「急がなくちゃ兄さん!」
「え、ええ。急げば間に合うかもしれませんけれど…」
と、私がぼそりとつぶやくと、ナタ―リヤさんはクラウチングスタートから猛ダッシュで去って行った。
「白うさぎを追う、アリスみたい」
すでに米粒大にアリスの後ろ姿を見送りながら、思わず笑った。
「じゃあ、白ウサギは僕なのかな、菊くん」
すぐ後ろで少し陰のある声が聞こえた。
「い、イヴァンさんだ!!」