第4章 3話
三
最近になって気がついたことだが、冨岡さんは薄い味付けを好むようだった。いつもより調味料を少なめにした時、一番早く箸が進んでいた。それに気がついたというのも、お店で提供する鮭大根を、私が調理するようになって、味付けを自由に変えられるようになったからなのだった。
それに至るまで、私は何度も練習を重ねたのだ。父より美味く作れれば、せめて鮭大根を作る時だけでも厨房に立たせてもらえると思った。言うまでもないことだが、長年作り続けている父にそう簡単に叶うはずもなく、最後はほぼ強引に担当を交代してもらった。普段自己主張の弱い私の変化に父は目を丸めていた。
料理の工程で隠し味をいれてみたり、なにか工夫をした際は、冨岡さんの微妙な変化を見逃したくないから、穴が空いてしまいそうなくらいいつも見つめていた。
そしてあるとき、声をかけられた。冨岡さんは食べ終えたお皿をわざわざ私にまで持ってくると、憮然としたお顔で「困る」とだけおっしゃった。
「すみません、なんのことかお聞きしても?」
私はしらばっくれた。
「あまり見られると食べづらいだろう、俺の勘違いではないはずだ」
私はすぐに、大袈裟にも思えるほど深く頭を下げた。そうして、頭の中である画策をして、「最近は私が作っているのですが、その……なるべく美味しいものをお出ししたくて……」と途切れ途切れ言った。
これはずっと昔から考えていたのだ。見つめているのが知られてしまったときも、このようにすれば違和感が少ないだろうと考えていた。美味しいものを出したいという心意義は、決して料理を作る人間として間違っていないはずなのだ。
頭を下げているので表情こそは伺えなかったが、冨岡さんがたじろいだ気配がした。
「いや、顔を上げてくれて構わない」
そうおっしゃるので、その通りにした。冨岡さんは少し眉を下げ、何も悪くないというのに申し訳なさげな表情をしている。
「こちらこそすまなかった」
冨岡さんは少し考えこむように口を噤むと、そう言い、軽く頭を下げた。冨岡さんは悪くないから、弁明も謝罪も必要ないというのに。
その時私は、父のある言葉を思い出していた。きちんと謝れる人と一緒になりなさい、と。自分に非があるかどうかは関係なく、謙虚で腰の低い人が良い。そういう人を見極めなさいと。