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わらべ歌【冨岡義勇】

第15章 15話


平日ということもあってか、宿に泊まる客は私と義勇さんしかいなかった。宿主は厚意から一番広い部屋を私たちにあてがい、夕飯も豪勢なものにしてくれた。

義勇さんと夕飯を食べながら、私はふと彼の頬にご飯粒がついていることに気がついた。「あぁ、義勇さん」言いながら私は、彼の口元に手を伸ばし、ご飯粒を拭った。

義勇さんは大きく目を丸め、少年のようないとけない表情を見せた。

「ついてたんです」

彼は納得したように「あぁ」と頷いて、また食事を始めた。数分経って急に手を止めたかと思うと、ぽつりと呟いた。

「姉さんもよく、俺の口元を拭ってくれた」

彼の故郷にいるから特に思い出しやすくなっているんだと思った。これは私と彼の姉を重ね合わせているわけではなく、彼の中で死を受けていれて、新しい道に進むために必要な過程なんだろうと。

最近の義勇さんは私に対してよく、柔らかく幼い態度をとるが、これは良い事なのだろう。もしかしたら彼の素はこちらの方が近いのかもしれない。

口付けをするくせに肝心な部分には踏み込ませないずるい人でも、友人が亡くなって泣けないような冷たい人でもない。本当はもっと、明るくて、不器用で、人のことを愛することのできる方なのだ。わたしは義勇さんの姉ではないけれど、義勇さんが昔の義勇さんに戻れるような手助けは、したいと思う。

「そうだったんですね」

私は彼の言葉を受け入れるかのように言った。なんでも話して欲しかった、教えて欲しかった。義勇さんは「そうだったんだ……」と消えかかりそうな声で返し、食事を再開した。

私は義勇さんの口元にご飯粒がつく度に拭い、白米をよそったりお茶を注いだりと、いつも以上に甲斐甲斐しく彼の世話をやいた。その度に義勇さんは心を込めてありがとうといい、私は会釈で返した。何十年も前からこのようなやり取りをしているような感覚に包まれて、嬉しくなった。

*

部屋に戻ると、布団が二つ隙間なく並べてられていた。宿主が私達を夫婦だと思い敷いたのだろう。

意外にも、義勇さんは躊躇なく布団に横になった。まだ眠くはないのか、横になって寛いだり荷物を整理したりしている。私は横に並ぶことをためらい、窓際にもたれて座り月を眺めていた。

義勇さんが羽織を畳む衣擦れの音だけが聞こえる。衣擦れの音が止んだかと思うと、義勇さんはおい、と私の名前を呼んだ。
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