第12章 11話
心臓のあたりに耳を押し当て集中すると、彼が生きているということが研ぎ澄まされた五感から生々しく感じられ、涙がこぼれそうになった。私は唇を噛み締めそれに耐えた。
起伏する胸板、微かな心音、温かな体。義勇さんの血の匂い。彼から発せられるものに包まれたまま、私は静かに目をつぶった。あたたかく、気持ちが良い。船を漕ぐように意識は微睡み遠のいていく。こんな所で寝てはいけない。そう頭ではわかっていても、体は石のように重くなっていく。
彼の生きている姿を見て安心したのか、体は思考と真逆の道を辿ろうとしていた。体が重い、瞼が閉じられていく。義勇さんは怪我をしているのだし、私は、看病をして、義勇さんを起こして、話を、しなければ――。
目を覚ましたのは、恐らくほぼ同時だった。何かの視線を感じて顔を上げるも、焦点は合わず視界はぼんやりとしていた。目を擦りなんとか覚醒すると、思考の読み取れない真っ黒な瞳がこちらに向けられていることに気がつく。
義勇さんの胸に耳を当てた体勢のまま寝てしまったようで、体の節々が痛んだ。家を教えられてもいないのに、なぜか目の前にいる私について、彼は何も言わなかった。私が小さな声で、「義勇さん」と名前を呼んでも時が止まってしまったかのように微動だにしない。「義勇さん、おはようございます」私はまた言った。
「昨日の夜、誰かから手紙が来て、あなたが怪我をしたってきいて、わたし、それで焦って……本当にご無事で良かった……」
なにから説明すればいいかわからず、しどろもどろに言い連ねる私とは対照的に、義勇さんは静かな瞳で私を見ている。「私、本当に心配で……それで……」言葉に詰まり、どうしていいかわからなくなった私は義勇さんの瞳をじっと見つめた。
風のない日の水面のような瞳。揺らぐことも乱れることもなく、美しいままである。
あぁ、ようやくわかったかもしれない。
私は体を折り曲げると、横になったままの義勇さんの胸に顔を寄せた。私の行動に驚いたのか、胸板がひくりと小さく跳ねた。心音を聴きながら、目線だけを義勇さんへと向ける。