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わらべ歌【冨岡義勇】

第12章 11話


夜の静けさと生ぬるい空気。手のひらにかいた汗によって、肌と熱い首が張り付き、境界がなくなっていくような感触は、生涯忘れられないだろうと思った。

私は今、義勇さんを殺そうとしている。そんな夢を頻繁に見るようになった。朝は、起きるといつも泣いていた。

迷わないようと竈門くんは私に地図を描いてくれたけれど、その地図を使う機会はついぞ来なかった。私が義勇さんに会いに行こうと決意を固めた日に限って、お店が忙しかったり強い雨風が吹いたりと、まるで会いに行くべきでないと言われているような気がした。

訪ねたいという思いはありつつも、なかなか機会を掴めないでいる。その日も私は、急な来客にあってしまい、いつになったら会えるのかしら、と一抹の不安を抱いていた。とはいえ、どうにも出来ないからいつも通り床につく。

ぼんやりと天井を眺めていると、部屋にさしこむ青白い月明かりが、ふと消えた。月が雲に隠れたのでなく、なにかが私の部屋に影を落としているのが直感でわかった。それは黒い塊だった。人の頭程の大きさをしていて、窓に張り付いている。窓はカタカタと揺れ、向こう側からは鳥の鳴き声のようなものが細く聞こえた。

そちらに注目し動かないでいると、窓の隙間から一枚の紙が入ってきた。紙がひらひらと宙を舞い床に落ちきらないうちに、窓に張り付いた塊は消える。紙には流れるような達筆な字で、こう書かれていた。

『冨岡義勇、重症』とだけ。

心臓を強く握りつぶされているような感覚がし、冷や汗が吹き出た。手足と脳がばらばらに切り離されて、言うことを聞かない。膝が笑いだし、布団に倒れ込んだ。白く柔らかい塊は繭のように私を包み込んで、受け入れる。

義勇さん、と割れそうに痛い頭を抱え、泣きそうになりながら一度呟いた。布に吸収されて消える湿った声のように、この現実も消えて欲しい。繭のように私を包み込んでそのまま時間ごと、もどして。


まぶたに当たる淡い光によって目が覚めた。薄目で周囲を確認する。昨晩と同じ位置に横たわっている差出人不明の紙。私は繭に包まれることによって過去に戻ることはできなかった。冨岡義勇、重症。たった漢字六文字のくせに、流水のような筆跡の丁寧さは私に現実を突きつける。
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